古絵葉書・福知山工兵隊最近水雷爆発ノ実況

福知山工兵隊水雷爆破
福知山工兵隊とは、現在の福知山成美高校の場所に駐屯していた工兵第十大隊のことで、
大正14年に福知山から岡山に移りました。
現在も福知山成美高校には、当時の兵舎が残っています。

その工兵隊が水雷を爆発させている写真の絵葉書なのですが、
爆発させているのがどう見ても川ですよね。
福知山市内で、工兵大隊の近くにある川は本流の由良川と、支流の土師川があり、
そのどちらかだとは思うのですが、川で爆発させるとはなんとも無茶な事をしたものですね。

ちなみに水雷とは海軍が使う艦艇攻撃用の兵器で、陸軍では使用しない兵器です。
それを何故陸軍の工兵隊が爆発させているのかわかりませんが、
水雷の処分は舞鶴の海軍の部隊が処理するはずなので、これは演習でしょうか。
爆発後に浮いてきた魚を捕えて食ったりもしたかもしれませんね。

参照・(福知山)工兵第十大隊

古絵葉書・福知山陸軍墓地ヨリ練兵場及ビ福知山町ヲ望ム

福知山平和公園 平和墓地
現在は福知山市の平和公園となっている場所は、かつて陸軍墓地だった場所でした。
現在も平和公園内に平和墓地として日露戦争以来の英霊が埋葬されています。
また、この平和墓地には日露戦争時のロシア兵捕虜の墓もあり、手厚く祀られています。
現在の平和墓地は、墓塔などほぼ当時のままの状態で残されてますが、
今では墓地というよりほとんど公園のような雰囲気になっており、
近くの高校の部活動などが行われたり、桜の季節は花見をする人がいますが、
この絵葉書に写る当時はそのまま「墓地」だったんですね。

番外編2・古絵葉書 日本水産動物集成 教育参考魚類 第一編

魚類1
番外編1に引き続き、番外編2として今回は魚類を取り上げた絵葉書図鑑を紹介します。
こちらも番外編1の「貝類及甲殻軟体類」と同じくカラーイラストで描かれた図鑑となっており、
子供向けに販売されたものと思われます。
「貝類及甲殻軟体類」と同じ販売元なのかどうかはわかりませんが、中身の魚図鑑のイラストが
「貝類及甲殻軟体類」と同じデザインですので、恐らく同じ昭和初期から昭和10年代くらいに
同じ販売元が販売したと思われます。

しかし、「貝類及甲殻軟体類」と違って、魚類編は今の表現とは全く異なる部分もあり、
中々興味深い内容になっていたりします。

中身の絵葉書は、「続きを読む」からご覧ください。
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番外編1・古絵葉書 日本重要水産動物 教育資料  貝類及甲殻軟体類

貝類及甲殻軟体類1
今回は番外編として、水産動物図鑑として販売されていた絵葉書を2つに分けて紹介いたします。
「日本重要水産動物 教育資料 貝類及甲殻軟体類」とタイトルが書かれた袋の中には
イラストで描かれた甲殻類や軟体動物、貝類が紹介された絵葉書が7枚入ってます。
本来は8枚入りのようですが、私の手元の分は1枚欠けているのが残念です。

発行されたのは昭和初期から昭和10年代くらいのようで、当時の小学生向けに
図鑑と同じ役割で発売されたものと思われますが、当時の水産動物の呼び方や、
カラーイラストなど見ていて楽しいものがあります。

続きを読むから中身の絵葉書を紹介いたします。
当時の味のある魚介類のイラストをご堪能ください。
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古絵葉書・衣笠変電所竣功記念(3枚セット)

衣笠変電所1
衣笠変電所は、かつて存在した京都市電西大路線用の変電所です。
衣笠変電所は昭和13年に竣工。以来昭和53年に西大路線が廃止されるまで
稼働し続けました。
現在は恐らく現存していないものと思われます。

この絵葉書は衣笠変電所の竣功を記念して造られた絵葉書セットです。
この袋の中には3枚の絵葉書が入ってますが、もしかしたら本来は
まだ枚数があったかもしれません。

中身の絵葉書は「続きを読む」からご覧ください。
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古絵葉書・京都市献納兵器(4枚組)

京都市献納兵器1
あけましておめでとうございます。
年末年始は公私ともに忙しかったこともあり、更新が滞ってしまいましたが、
今年も当ブログをよろしくお願いします。

平成22年初の更新は、こちらの「京都市献納兵器」の絵葉書セットです。
献納兵器とは、地方自治体・民間企業・団体・個人等が兵器等を軍に寄付することで、
戦時中は盛んに行われました。
この絵葉書は京都市が献納した各種兵器・軍装品を紹介した絵葉書セットです。

中身の絵葉書は、「続きを読む」からご覧ください。
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番外編・新聞記事に見る「坂の上の雲」(第二次旅順港閉塞作戦と広瀬中佐戦死)

NHKで放送中の「坂の上の雲」明治という時代を駆け抜け、日清・日露戦争と言う戦いを潜り抜けた
名将・秋山好古と智謀・秋山真之兄弟。そして、俳人・正岡子規の3人を描いたスペシャルドラマは
明治後期の日本人が欧米列強に肩を並べようと必死にもがき、また当時の生き生きとした人々を
上手く描いており中々面白く見ております。

ところで、私の手元にはまさに日露戦争真っ最中の頃の明治37年3月〜5月末までの
大阪朝日新聞を所有しています。そこには当時の日露戦争の戦況報告やその当時の世相、
そして便乗した商品広告など中々興味深い内容が多く記されています。
今回、その3ヶ月の間に起こった出来事で有名且つ秋山真之と大きく関わりのある
盟友・広瀬武夫中佐の第二次旅順港閉塞作戦時の戦死の記事を紹介します。

続きを読むからご覧ください。
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古絵葉書・六麓荘 住宅地ノ一部

六麓荘
兵庫県芦屋市にある六麓荘地区は、現在も大邸宅が並ぶ超高級住宅街として有名な場所です。
昭和初期から造成が行われ始めましたが、当時から高級住宅地として知られていたようですね。
絵葉書はおそらく造成開始間もない頃の六麓荘の写真と思われますが、
すでに洋風・和風とも大規模な邸宅が建ってますね。
特に、中央のモダニズム建築は名のある建築家が手がけないと作れなかった住宅だったと思います。

古絵葉書・工兵第十六大隊

工兵第十六大隊
工兵第十六大隊は京都の伏見にあった工兵部隊で、同じ伏見にあった第十六師団司令部の所属部隊でした。
工兵第十六大隊は、かつての伏見奉行所跡に駐屯していました。
絵葉書の手前左端に土塀と石垣が見えますが、これがかつての伏見奉行所の塀と石垣です。
戦後、工兵大隊跡地は桃陵団地となりましたが、工兵大隊時代には残っていた石垣や小堀遠州作の庭園跡も
破壊されてしまったのが実に残念です。

関連・工兵第十六大隊将校集会所

古絵葉書・仙台 第二師団司令部(正門と庁舎)

第二師団司令部
仙台市にあった旧陸軍第二師団司令部は、仙台城(青葉城)内に駐屯し、
空襲で失われた旧仙台城の大手門が、師団司令部の正門としても利用されていました。
また、桃山建築である豪壮な大手門は仙台市の名所としても知られていました。
そのため、第二師団司令部の絵葉書では隅櫓と大手門を写した絵葉書が
ほとんどで、その奥にあった師団司令部庁舎を写した絵葉書はあまり見かけません。
(国宝 旧仙台城)「詰所門跡ニ在ル現第二師団司令部正門」との
キャプションのあるこの絵葉書は、第二師団司令部庁舎そのものが写っている
珍しい絵葉書だと思います。

この絵葉書を見る限り、師団司令部庁舎は明治前期に良く見かける
擬洋風建築のようです。。
また、絵葉書の様式を見ると、昭和10年代くらいのものと推定されますので、
この師団司令部庁舎は戦中までそのまま使用されていたと思われます。
ただし、この庁舎が終戦後まで残っていたのか、あるいは空襲で焼失したのかは
分かりません。

現在、師団司令部庁舎の跡地はロータリーとなっており、絵葉書にも写る
石積み状の正門も残されていないようです。

古絵葉書・福知山 音無瀬橋(昭和7年5月19日竣工記念)

音無瀬橋
福知山市を流れる由良川に架けられた音無瀬橋は、大正までは木造橋で、
洪水により幾度となく流されました。
そこで昭和7年に永久橋とするべく鉄筋コンクリートで架けられたのが
平成7年まで使用されたこの音無瀬橋で、長らく福知山市民に親しまれ続けました。
福知山では初めてといっていい近代的でモダンな橋だったせいか、名所にもなっていたようです。
また、夏の花火大会では、この橋が観覧場となりました。
この絵葉書は5代目音無瀬橋竣工を記念して発行されたもののようで、
右上に記念のスタンプが押されています。
現在、この絵葉書にも写る親柱が記念として保存されています。
音無瀬橋
こちらは別の絵葉書の5代目音無瀬橋。全景が写ってます。

古絵葉書・経ヶ岬灯台(舞鶴軍港口)

経ヶ岬灯台
タイトルには「舞鶴軍港口」としか書かれていませんが、この灯台は、
現在の京都府京丹後市丹後町にある経ヶ岬灯台です。
ですので、舞鶴軍港口と書かれてはいますが、舞鶴港にあるわけではなく、
ずっと北の丹後半島の北端に位置する灯台です。
経ヶ岬灯台は明治31年に設置され、現在も当時の姿をそのまま残していることから、
Aランクの保存灯台に指定されています。
また、全国で6つしかない第1等フレネルレンズを当時のまま使用し続けている
1等灯台でもあります。
現在、絵葉書に写る石造の付属官舎は残っていないようですが、別の石造の付属建物は
残っているようです。

舞鶴要港部病院愛国寮絵葉書

舞鶴要港部愛国寮2
明治31年に開設された舞鶴鎮守府は、大正12年のワシントン海軍軍縮条約により
一旦要港部に格下げされ、舞鶴鎮守府所属の各施設も格下げされました。
この絵葉書の舞鶴要港部病院も、舞鶴鎮守府病院から格下げされた病院です。

その要港部病院に愛国婦人会京都支部の佐谷ハツさんと言う人が
昭和13年に愛国寮という建物を寄付し、その記念として出されたのがこの絵葉書セットです。
中身は、絵葉書4枚と建物の工事概要説明書1枚からなっています。

中身の絵葉書は、続きを読むからご覧ください。
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古絵葉書・福知山 音無瀬橋

福知山 音無瀬橋
恐らく大正期頃撮影の福知山市・音無瀬橋の絵葉書です。
昭和6年に鉄筋コンクリートの橋が架けられる前の木造の橋で、
このような木造橋は由良川の氾濫で何度も流されました。
橋の向こう側は猪崎新地で、かつては京都府北部でも有数の遊郭街でした。

過去に紹介した音無瀬橋の絵葉書も合わせてもう一度紹介します。
福知山堤防
明治39年の消印のある絵葉書。橋が上記の橋と同じです。
音無瀬橋
昭和6年に完成した鉄筋コンクリートの音無瀬橋。
5代目のこの橋は、平成7年に現在の新橋が架けられるまで使用されました。

関連ページ・福知山堤防ヨリ鬼ヶ城ノ遠望福知山名所 音無瀬橋

古絵葉書・京都府立医学専門学校

京都府立医学専門学校
京都府立医学専門学校は、現在の京都府立医科大学の前身です。
創立は明治4年。当初は青蓮院内に仮療病院を置きましたが、
明治13年には現在地へと移転しています。
現在敷地内には、旧図書館を始めいくつかの近代建築が残ってますが、
いずれも昭和期の鉄筋コンクリート建築です。

この絵葉書の建物は明らかに明治初期に流行った擬洋風建築。
屋根は入母屋で、一番高い屋根にはシャチホコまで乗ってます。
恐らく、明治13年に移転したときに建てられた校舎ではないでしょうか。

この絵葉書の様式は明治後期頃のものと思われるもので、
明治から大正期くらいまでは、明治13年の古い擬洋風の校舎を
使用していたと思われます。

古絵葉書・京都公会堂

京都公会堂
現在、岡崎公園内に「京都市美術館別館」として使用されている建物は、
旧京都市公会堂(旧岡崎公会堂)の建物ですが、
現在の建物は昭和6年に完成した鉄筋コンクリート製の建物です。
この絵葉書の「京都公会堂」は大正6年に完成したもので、
もとは二条城内にあった饗宴場・舞楽場の舞楽場を移築したものです。
屋根は桧皮葺で当時日本最大と言われた和風建築ですが、
昭和9年の室戸台風で倒壊してしまいました。

大正11年に京都公会堂で全国水平社創立大会が行われましたが、
その時の建物がこの絵葉書の公会堂です。

古絵葉書・郡是製糸本社新築記念

郡是製糸1
大手繊維メーカーのグンゼは綾部市に本社を置く企業で、創立は明治29年。
大正6年に洋風建築である旧本館が建てられましたが、昭和8年に本社棟を増やす形で
現在の本社屋が建てられました。
現在、旧本館はグンゼ記念館として使用され、この絵葉書の本社屋は
現在も本社屋としてそのまま使用されています。

この絵葉書セットはその新社屋完成を記念して発行された絵葉書で、絵葉書5枚と概要・平面図
を書いた資料1枚が入ってます。

追記で中身の絵葉書と資料を紹介します。
「続きを読む」からご覧ください。
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古写真・東京永代橋(明治20年代?)

永代橋
東京の隅田川に架かる現在の永代橋は、鋼鉄製のアーチ橋で、大正15年に完成。
重要文化財にも指定されています。
その前に架けられた永代橋も明治30年完成の鋼鉄製トラス橋だったのですが、
「東京永代橋」と注釈のあるこの古写真の永代橋は、洋風の橋ではあるものの
木造の橋のようで、明治30年にかけられる鋼鉄トラス橋以前の永代橋と思われます。
しかし、調べてみても明治30年以前の橋の資料を見つけることができず、
とりあえず、明治20年代撮影の永代橋の古写真としておきます。

古絵葉書・丹波亀岡 忠魂碑

亀岡忠魂碑
京都府亀岡市に建てられた忠魂碑の絵葉書です。
忠魂碑のてっぺんは砲弾を模した飾りで、忠魂碑の基壇は石積み、
さらにその周りにも広めにとられた石積み基壇が設けられており、
かなりの立派さです。
絵葉書の様式は大正期頃のもので、忠魂碑は恐らく日清・日露戦役における
戦死者の慰霊を目的として建てられたと思われます。

この忠魂碑の場所ですが、絵葉書を見ると公園か学校の敷地のような広々とした
場所に建てられていることが分かります。
現在、千代川にある忠魂碑がこの絵葉書と非常によく似ており、恐らく同一のものと
思われますが、絵葉書の碑文の部分にプレートが付けられていたり、
碑の周りの柵がなかったりと改変が見られます。

古絵葉書・佐渡鉱山 製練所の全景

佐渡鉱山
金山として有名な佐渡鉱山は、明治に入ると幕府から工部省へと移管され、官営鉱山となりました。
明治29年に三菱へと払い下げられてからは、三菱の経営となりました。
しかし、平成元年に採掘中止。以後観光地として現在に至っています。

この絵葉書は、製練所の全景の絵葉書で、相当な規模であったことが分かりますね。
注釈に「鉱山正門前 休憩所発行」とあり、正門付近に売店を併設した休憩所が
あったようで、見学者向けのお土産品などを置いていたのかもしれません。

古絵葉書・国威宣揚国旗翻の亀山機関区

亀山機関区
三重県亀山市の亀山駅構内にあった亀山機関区の絵葉書です。
戦中の国威高揚活動の一環として、機関区の建物の前にひときわ高く
日章旗を掲揚しています。

古絵葉書・新潟県庁舎5枚

新潟県庁1
昭和7年に新潟市学校町に竣工した新潟県庁です。
昭和初期の役所建物によく見られる、中央にバルコニーを設けたファザードを設け、
両脇に翼部を張り出すデザインです。
1階部分は荒石張りにしているのも当時の官公庁の建物に良く見られます。

昭和7年竣工の新潟県庁舎は、昭和60年に現在の庁舎に移転して取り壊されました。

この絵葉書は竣工記念として発行されたもので、すべてそろっているかどうかは分かりませんが、
5枚ある分を紹介いたします。

残りの4枚は「続きを読む」からご覧ください。
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古絵葉書・御大典記念南予会館

南予会館1
愛媛県宇和島市にあった建物。
御大典記念と付いていることから、昭和天皇が即位された昭和3年の完成でしょうか。
この南予会館は昭和20年の空襲で焼失しました。
南予会館2
側面からの建物の様子。

古絵葉書・奉公館

奉公館
京都駅近くにあったという奉公館なる建物です。
絵葉書の解説によると、在郷軍人会のもとに建設された宿泊施設のようで、
在郷軍人会に所属していた人たちが格安で宿泊できるホテルだったのでしょう。
奉公館の施設は充実していて、暖房完備、食堂・浴室もちゃんとあったようです。
現在、この建物は現存しませんが、これだけの規模の建物ですから、
戦後しばらくは別の用途などで使用されていたと思われます。

古絵葉書・予州銀行新築記念

予州銀行
予州銀行は、現在の伊予銀行の前身です。
その本店として建てられたと思われる建物の新築記念として出された絵葉書です。
年代は不明ですが、絵葉書の様式と建物のスタイルから昭和10年代ごろでしょうか。
全体的に壁面の装飾はありませんが、窓の部分にかなり凝った装飾がありますね。、

古絵葉書・大阪帝国大学微生物病研究所(4枚)

大阪帝国大学微生物病研究所1
現在も研究機関として存在する大阪大学の微生物病研究所は、昭和9年に
堂島にあった大阪帝国大学堂島キャンパスに設立されました。
しかし、施設が手狭になってきたため、昭和42年に吹田キャンパスに移転しました。
よって、開設当時の建物は現存していないものと思われます。

この絵葉書は、研究所開所式記念として作られた絵葉書です。
この絵葉書は4枚のセットとなっています。

中身については「続きを読む」からご覧ください。
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古絵葉書・京都瓦斯株式会社 工場全景・レトルト室

<京都瓦斯1
京都瓦斯は明治42年に設立した会社で、昭和20年に現在の大阪ガスに吸収合併されました。
創業者はたばこ王で知られる村井吉兵衛。しかし、京都は早くから水力発電等による電灯が普及し、
さらに、京都電燈という大きな電力会社があったため、京都瓦斯は少々地味な存在かもしれません。
昭和3年に五条七本松に工場が作られ、戦後も大阪ガス京都工場として使用されましたが、
工場閉鎖後は再開発がおこなわれました。これが現在の京都リサーチパークです。
上の絵葉書の写真はガスタンクと煉瓦の工場が並ぶ敷地の様子を映しているものですが、
五条七本松の場所かどうかは分かりません。
京都瓦斯2
レトルト室と呼ばれる煉瓦の工場棟。
昔は石炭を原料にガスを生成していました。
この施設は、石炭を加熱してそれにより生じたガスを得る建物と思われます。

絵葉書の様式を見ますと大正期のもののようです。
この絵葉書の写真は明治末から大正期にかけてのものと推測されますので、
開業して間もないころの絵葉書でしょうか。

古写真・第一国立銀行本店(明治29年ごろ撮影?)

第一国立銀行本店
明治5年に制定された国立銀行条例により、
日本で初めて営業を始めた銀行が第一国立銀行です。
渋沢栄一が頭取を務め、その後第一銀行・第一勧業銀行をへて、
現在はみずほ銀行となっています。
創業当時の第一国立銀行本店は日本橋兜町にあり、
その建物の姿は西洋風ではあるものの、屋根にお城のような千鳥破風を設けており、
いわゆる擬洋風建築と呼ばれる建物でした。
それでも当時は大規模で珍しい洋館としてたちまち名所となったようです。

第一国立銀行は、明治29年に第一銀行に改称します。
台紙の裏には「第一銀行」の書き込みがあり、そうなると明治29年以降の撮影になりますが、
創業時の本店は明治30年ごろに取り壊されたそうなので、
この写真は明治29年頃に撮影された末期の本店の様子かもしれません。

古写真・初代大審院庁舎(明治10〜20年代撮影?)

大審院
明治10年に完成した初代大審院庁舎の古写真です。
明治初期の庁舎らしく和洋折衷のいわゆる擬洋風建築となっています。
戦後まで使用されたエンデ・ベッグマン設計の大規模な煉瓦造の庁舎、
2代目大審院庁舎は明治29年完成ですので、
この初代庁舎の写真はそれまでに撮影されたものになります。
恐らく、明治10年代後半から明治20年代前半までの撮影と思われます。

古絵葉書・福知山 喜多川書店

喜多川書店
福知山市内にあった喜多川書店という本屋さん(もしくは古書店)の絵葉書です。
伝統的な町屋造りの店舗ですが、玄関部分に電燈があります。
恐らくは旧城下町内にあった店だと思いますが、それ以上のことはわかりません。
絵葉書自体は明治期のものと思われます。