古写真・初代心斎橋

初代心斎橋
明治前期頃撮影と思われる初代心斎橋の鶏卵紙写真です。
右奥に見える塔屋のある洋館は電信支局。
初代心斎橋は、明治6年にドイツから輸入された資材で架けられた
大阪で2番目、日本でも5番目という鉄橋でした。
この初代心斎橋は、明治42年に2代目の心斎橋が架けられた時に
撤去されましたが、初代心斎橋は現存しています。

撤去された心斎橋はその後いくつもの場所を転々とし、そのたびに
心斎橋→境川橋→新千船橋→すずかけ橋
と名前を変えました。
最後のすずかけ橋の役割を終えて撤去された際、保存を望む声にこたえて、
花博跡地の鶴見緑地公園内に移設され、現在は「緑地西橋」として保存されています。
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コメント

初代ではありません

この写真の「心斎橋」は初代ではありません。ウィキぺディアで見た所
「心斎橋はもともと長堀川に架かっていた橋の名前である。1622年(元和8年)に長堀川の開削と同時に架けられたというのが有力な説であり、「心斎系譜」によると長堀川を開削した4名のうちの1人、岡田心斎が長堀川両岸に沿うこの町の往来の便のため、南北に橋を架けたことが名前の由来になっている。当時の心斎橋は、長さ18間(約35m)、幅2間半(約4m)の木橋だった」との記述があり「初代心斎橋」は木造橋だった事がわかります。この鉄橋を初代と思われている方が非常に多いのですが初代では無いのです。

  • [2012/03/13 17:52]
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  • あのまのかりす
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あのまのかりす様

そうなんですか。調べたら初代と記載していたサイトが幾つかあったので初代と思ってました。ご指摘ありがとうございました。

鋼鉄製近代橋としてなら初代ですね・・・
因みにすずかけ橋に復元架け替えした際に再設計したのは私の父です。

Re: タイトルなし

炎火轍様

コメントありがとうございます。
再設計がお父様とは凄いですね。
炎火轍様のような古写真資料に関係のある方が書きこまれるのも
このブログを続けていける原動力となっております。
  • [2015/05/16 20:56]
  • URL |
  • べーさん@京都
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このブログを拝見したので、本日父にすずかけ橋の事を質問しましたら、実にタイムリーな事に、来月(2015年6月)の技術士会(近畿本部)で心斎橋(明治6年)の歴史について講演するので論文を執筆中だという事です。

Re: タイトルなし

炎火轍様
それはまさにタイムリーですね。
私の書いた記事はネットでの検索を元に書いたものが多いので、
間違いも多々ある感じですので、正確な情報が頂けたらと思っております。
  • [2015/05/18 21:57]
  • URL |
  • べーさん@京都
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特に目新しい事実は論文に見られませんでしたが、すずかけ橋を設計した際、遺産価値はあれど初代鉄骨の構造体には、もはや橋を支える強度は失われているので、初代鉄骨の見た目そのままにしつつも、負荷が掛らない様にするのに苦心したとの事です。

炎火轍様

コメントありがとうございます。
お父様の当時の苦労の様子が偲ばれますね。

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