category  [北海道地方 ]

古写真・昭和初期頃の函館港、函館市街写真3枚

函館港001
戦前の函館を撮影した写真3枚です。
写真の端にはそれぞれの場所と「津軽要塞司令部許可済」というキャプションがあります。
津軽要塞司令部は昭和2年に函館要塞司令部から改称されたもので、そのことからこれらの写真は昭和2年以降の撮影であことが分かります。
1枚目は函館港の写真。手前の塔屋のある洋館は函館税関でしょうか。
港には多くの船舶が停泊していますね。
函館市恵比寿銀座通り001
恵比寿銀座通。左奥に見える3階建てのビルは旧目貫商店。
大正10年築の商店で、現存している建物です。
コンクリート建築の旧目貫商店は大正10年に起きた函館大火の教訓として耐火性と防火対策を目的として建てられました。
函館市末広町001
末広町。左側中央の時計台のビルは旧森屋百貨店。大正14年に建てられた商店で、昭和5年に海側に7階建ての新館が建てられたようですが、写真には見当たらないので新館建築前でしょうか。
旧森屋商店の建物は2001年に解体。現在は旧森屋商店を模したウイニングホテルが建てられています。
旧森屋商店の手前にある建物は旧金森回生堂。旧森屋商店と同じ大正14年に建てられた建物で、現在は高田印刷として現存しています。
写真の撮影時期ですが、昭和2年から旧森屋商店の新館が建てられる昭和5年の間でしょうか。
函館市街は昭和9年に再び大火の被害にあうことになります。
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古絵葉書・木古内警察署全景

木古内警察署001
木古内警察署は北海道の上磯郡木古内町にある警察署です。
明治18年に函館警察署泉澤分署として開設されたのが始まりで、
大正15年に木古内警察署に昇格しました。
絵葉書の建物は大正末期から昭和初期~10年代にかけて良く見られたデザインのあっさりした
モダニズム風の建物です。
大正15年の昇格時か昭和初期の頃に明治以来の庁舎を建て替えたのでしょうか。

古絵葉書・大日本麦酒 サッポロビール醸造工場

大日本麦酒札幌工場
前回紹介した大日本麦酒目黒工場と同じ大日本麦酒の札幌の工場です。
ただし絵葉書には「サッポロビール」と名前が入っていることからも分かるように、
同じ大日本麦酒の製品でも札幌工場で作られたビールは、
「サッポロビール」という銘柄が付けられていました。

古絵葉書・王子製紙 千歳第四発電所

千歳第四発電所
王子製紙が苫小牧工場に電力を供給するため戦前に建設した5つの発電所のうち、
4番目に完成した発電所です。
大正8年に完成した発電所は、煉瓦の発電所・背後に写る石積みの堰堤とともに
現在もそのまま使用されています。

古絵葉書・王子製紙 千歳第一発電所

千歳第一発電所
製紙会社最大手の王子製紙は、北海道苫小牧に工場を建設するにあたり、
千歳川に電力を供給するための堰堤と発電所を建設しました。
一番最初に完成したのが、大正5年に完成したこの千歳第一発電所で、
当時としては大出力の発電量を誇る発電所でした。
その後昭和16年まで5つの発電所が建てられました。
この赤煉瓦の発電所の建物は現在もそのまま使用されています。

古絵葉書・旭川第七師団司令部

旭川第七師団司令部
旭川にあった第七師団は、明治18年に設立した師団で、
北海道開拓と防衛のために設立された屯田兵を母体に編成されました。
北海道という開拓地での編成だったためか、他の師団司令部と比べて
質素な感じのする建物です。
ただし、現存している旧偕行社の建物は本格的な洋風建築で、
重要文化財に指定されています。

古写真・明治期の函館市街

函館1
恐らく明治後期~末期頃の函館市街を撮影した写真と思われます。
ただし、UPした写真自体は明治期のものではなく、オリジナルを複写したものです。
この写真は四つ切の大きなもので、元々小さいサイズだったものを
引き伸ばしたのであろうと思われます。
この写真がいつ頃複写されてプリントされたのかはわかりません。
ただし、新しくはなさそうで、もしかしたら昭和戦前期かもしれません。
1枚目は函館市街の様子です。洋館や土蔵造りの建物が並んでいます。
函館は何度も大火に見舞われました。そのため、煉瓦造や土蔵造の
建物が作られるようになりました。
函館2
公共の建物と思われる立派な洋館。
最初は重文に指定されている旧函館区公会堂かも思いましたが、
建物の形を見るとどうやら違うようです。
これだけの規模の洋館ですから、詳しく調べればわかると思いますが、
検索してもイマイチよくわかりませんでした。
分かる方、教えてください。

※najima様より旧函館商業学校であることが判明しました。ありがとうございました。

古絵葉書・北海道大学分院温泉療養研究所

北海道大学分院温泉療養研究所
温泉の効能を利用して、病気の治療に役立てようとする試みは古くからありましたが、
戦前にはすでにこのような近代的な研究施設が設けられていました。
この北海道大学の療養研究所は、調べた結果どうやら登別にあった研究所のようです。
昭和10年代に建てられたと思われるこの施設は、装飾を配した機能主義的デザインで、
また、タイルを外壁に張ることにより、医療施設としての清潔感を表そうとしたのでしょう。
ちなみに、このスタイルの建物は昭和10年代に広まったデザインで、建物の角に
玄関を設ける造りも戦前に多いスタイルです。

古絵葉書・開道五十年記念北海道博覧会第一会場 迎賓館

北海道博覧会

カテゴリを見ると、北海道地方のみまだ紹介していなかったので
あまり持っていない北海道の絵葉書を紹介。
この絵葉書の建物は、蝦夷地という名前から北海道という名称へと変更した明治2年から
50年経った大正7年にそれを記念して行われた博覧会の建物で、第一会場の迎賓館として
使用されたものです。この開道五十年記念の博覧会は、北海道初の本格的な博覧会で、
この博覧会を契機に札幌に市電が登場したそうです。
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