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 2006年04月 

古絵葉書 熱海問歌泉 大浴場

熱海問歌泉

熱海にある温泉の大浴場。アーチ状の屋根、採光を考慮した大きな窓。
モザイク状の床といったモダンで近代的な造りに加え、
やたら長い浴槽はまるでプールのような感じです。
思わず端から端まで泳ぎたくなりますが、浴場では泳いじゃいけませんし、
泳いでいる人もいませんね。
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古絵葉書 本所被服廠跡白骨の山と諸民の追悼

関東大震災本所被服廠の惨状

今回は、ちょっと悲惨な状況の絵葉書を。
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古絵葉書・帝国軍艦 日進

巡洋艦 日進

ロシアの脅威が現実になりつつあり、一隻でも軍艦が欲しい日本海軍は、
チリ海軍が発注したけれど、諸事情によりちょうど売却されることになった
イギリスで作られていた軍艦を日本が買い取ったのが、この装甲巡洋艦「日進」と
同型の1番艦「春日」です。
しかし、この2隻はもともとロシアが購入する予定だったそうで、イタリアにいた2隻を
日本へ航行する際に、開戦となれば即撃沈しようとロシアの軍艦が付けてきたそうです。
しかし、2隻とも無事日本に到着し、日本国中が航行したイギリス船員に御礼をしたということです。
この2艦は、明治36年に購入。明治37年に竣工後、日露戦争に参加しました。
なんとか開戦に間に合ったわけです。

データ

基準排水量:7,700t
全長:104.97m
最大速力:20.0kt

武装

45口径20.3cm連装砲2基
40口径15.2cm単装砲14基
40口径7.6cm単装砲8基
45cm魚雷発射管5門

古絵葉書・相州箱根名所 八千代橋

八千代橋

温泉地箱根にかかっていた鉄橋で、明治期にかけられた初代木橋を架け替えて
大正14年に造られた2代目の橋です。鉄橋とはいえ、当時の橋はデザイン的にも優れていて
本当に美しい橋ですね。
現在は昭和47年に架け替えられた3代目の橋が架かっていて、この鉄橋は見ることは出来ません。今の橋を写真で見ましたが・・・2代目には負けてますねぇ。正直言うと。

古絵葉書・山中温泉 河鹿荘

山中温泉河鹿荘

およそ「荘」なんていう言葉が似つかわしくないくらい豪華な洋館の建物です。
スパニッシュ風の大規模でおしゃれな洋館ですが、中央の塔屋はちょっとバランス悪そうですね。
展望台だったのでしょうが、幾分頭でっかちです。
この河鹿荘、絵葉書の洋館自体は現存していませんが、現在もしっかり営業しています。
ただし、河鹿荘の後ろに「ロイヤルホテル」と名前が付いて、
建物も立派な現代的なものになってますが。

古絵葉書・嵐山渡月橋

渡月橋

桜は散り始めているけれども観光シーズン真っ只中なので、京都観光の定番、
嵐山の渡月橋の絵葉書を。
渡月橋は、亀山天皇が橋の上に輝く月を見て月が橋を渡る様に例えて名づけた橋で、
嵐山のシンボル的存在ですね。現在の橋は昭和9年の完成で、伝統的な木造橋風ですが、
躯体はコンクリート造です。この絵葉書は大正期のもののようで、完全な木造橋のようですね。
しかし、それ以上に興味深いのは、大堰川に浮かんだ数多くの材木。
現在は川下りも完全な観光化し、水運としての川の利用はまずないですが、
この時代はまだ川がこのように、貯木場として利用されていたんですね。

古絵葉書・開道五十年記念北海道博覧会第一会場 迎賓館

北海道博覧会

カテゴリを見ると、北海道地方のみまだ紹介していなかったので
あまり持っていない北海道の絵葉書を紹介。
この絵葉書の建物は、蝦夷地という名前から北海道という名称へと変更した明治2年から
50年経った大正7年にそれを記念して行われた博覧会の建物で、第一会場の迎賓館として
使用されたものです。この開道五十年記念の博覧会は、北海道初の本格的な博覧会で、
この博覧会を契機に札幌に市電が登場したそうです。

古絵葉書・東京勧業博覧会瓦斯館

東京勧業博覧会

東京勧業博覧会は明治40年に開催された博覧会で、国内の産業や物品を内外に
アピールするイベントで、明治大正期の勧業博覧会は東京・京都で主に開かれていました。
この建物は、上野に設けられた瓦斯館という建物です。ガスは明治のガス灯にも象徴されるように
文明開化を代表する新しいエネルギーの一つでした。
この絵葉書は博覧会開催中に売られた記念品で、うっすらですが、彩色されています。

古絵葉書・天王寺公園

天王寺公園

明治36年、大阪にて第5回内国勧業博覧会が開催され、博覧会終了後、跡地の東半分を
明治42年に公園として再整備されたのが今の天王寺公園です。
左奥に見えるルネッサンス様式の華麗な建物は、天王寺美術館。
博覧会の建物をそのまま再利用したようです。右の建物は温室でしょうか。
この絵葉書は大正期のもののようですが、この華麗な美術館も昭和になって建て替えられ、
洋式庭園も温室らしき建物も今は面影は無いようですね。
私が所有する明治37年3月19日の大阪朝日新聞に天王寺公園の工事の記事があり、
略図も載っておりましたので、あわせて紹介します。
続きを読むからご覧下さい。
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古写真・17歳の頃の祖母

祖母

以前、私の爺ちゃんを晒しましたので、今度は婆ちゃんを晒すことにしますw
アルバムには、「昭和十四年八月一日十七才 トモヱ写真館にて」
と書かれています。
祖母は今も元気にしておりますが、今からは想像も付かない若さで(当たり前)
結構オシャレしてたんですね。
しかし、現在の祖母と比べると面影全然ないです。まるで別人ですねw

古絵葉書・三菱ガンドリグレン(長崎名所)

三菱ガントリークレーン

*好きな人にはたまらない物件。
絵葉書の注釈にある「ガンドリグレン」は、ガントリークレーンのことで、船台の上に設けられ、造船や積み込みのときに使用される大型のクレーンです。
このクレーンは、長崎の三菱長崎造船所に設置されていたクレーンで、
大正時代に作られたものです。
このクレーンは多くの船を生み出し、かの戦艦武蔵も建造したとのことです。
しかし、このシンボル的な存在だったクレーンもつい最近解体されたそうです。
貴重な近代化遺産、産業遺産だったと思うのですが・・・

古絵葉書・大阪城公園

大阪城

江戸時代に焼失してからずっと失われたままになっていた大阪城の天守跡の石垣に新たに
天守が再建されたのが昭和6年。この絵葉書はそれ以降のものでしょうが、
天守の白壁がピカピカなので再建直後のものかもしれませんね。
左側にある建物は「冨士屋」という売店。
庇には「みやげもの 森永の菓子 パン ヱハガキ」と書かれていますから、
こういったおみやげ物が売られていたんでしょうね。
この絵葉書もこの冨士屋さんで誰かが買ったものなのかな?

古絵葉書・帝国戦艦 朝日

戦艦朝日

戦艦朝日は、明治33年、イギリスのジョン・ブラウン社によって造られました。
戦艦朝日は、以前紹介した戦艦敷島の2番艦として造られ、明治37年日露戦争に参加しています。日露戦争中の有名な日本海海戦で活躍しましたが、その後は海防艦や練習艦、
工作艦として使用され、昭和17年南シナ海にてアメリカ軍の潜水艦の攻撃を受け沈没しました。

データ
基準排水量:15200t
全長:129.6m
全幅:22.9m
最大速力:18.0kt

武装
40口径30.5cm連装砲2基
40口径15.2cm単装砲14基
40口径7.6cm単装砲20基
47mm単装機銃12基
45cm魚雷発射管5基

ところで、この絵葉書の宛名面には、ロシア語が書かれています。
以前に紹介したほかの軍艦にはロシア語はありませんが、やはり、敵国のロシアを打ち破った連合艦隊の主力艦だから意識したのかな?

古絵葉書・近衛歩兵1・2連隊

近衛歩兵1・2連隊

近衛連隊は、天皇陛下・皇族方及び皇居を守護する陸軍の部隊です。
近衛連隊の前身は、明治3年に設立された「御親兵」。のち、近衛兵と改称され、
その後師団編成になり、近衛師団が設立。その所属連隊として設立しました。
近衛兵は、兵士でも各地からの選抜により編成されたので、大変名誉ある部隊でした。
そのためでしょうか、一般連隊の兵舎と違い、煉瓦造りのかなり立派な兵舎になってますね。
平時は天皇及び皇居の守護を務めましたが、戦時は各地を転戦し、
太平洋戦争では、「銀輪部隊」としても有名になりました。
現在、絵葉書の近衛歩兵1・2連隊の建物は残っていませんが、近衛師団司令部と近衛騎兵連隊の兵舎は現存しています。また、絵葉書の銅像は、「北白川宮能久親王」の像で、現在、
近衛師団司令部のある北の丸公園に移築されています。

古絵葉書・鬼怒川温泉ホテル(内部)

鬼怒川温泉ホテル1

栃木県の有名な温泉地、鬼怒川温泉のホテルの内部写真です。
こちらは、「談話室・つつじの間」と注釈があります。男女四人が集って、談笑でしょうか・・・。
って、よく見たら、麻雀やってますw談話室とかでやっていいのかな?
左には、新聞のラック。「金融景気の界隈」とか「第一経済」とか書かれています。
その上には、日本郵船会社の広告もあります。
鬼怒川温泉ホテル2

「別館コージー・コーナー」の注釈。コージーコーナーとは、「cozy corner」
心地よい空間と言う意味だそうです。
カウンターもあり、酒瓶並んでますから、バーみたいなものでしょうか。壁に「洋酒 コクテール」
という張り紙もありますし。当然カクテルでしょう。
内装のデザインや窓、特に丸窓は昭和初期によく使われたもので、
このホテルは昭和初期頃のものでしょうね。この絵葉書の写真も、昭和初期か
昭和10年代のものと思われます。

古絵葉書・神宮プール

神宮プール

明治神宮外苑に昭和6年竣工したプールです。
結構大規模ですね。当時はここで大きな大会も開かれました。
宛名面には、
「神宮プール 明治神宮外苑にあります。水上日本の名を世界に
高からしめる、全日本の水泳選手たちが、必ず踏まねばならぬ桧舞台が、
この神宮プールであります。全国学生水泳競技大会、全日本水泳選手大会など、
血湧き肉踊る壮快な争覇戦の実況は、その都度、ここから全国へラヂオで放送されます」
と書かれています。ラジオの実況放送は、当時の人たちを大いに沸かせたのでしょうね。

我レ想フ・開設一箇月ト訪問者千人到達ノ事

爺ちゃん

ブログ開設から一ヶ月、そしてアクセス数1000人に到達したので、
思った事を書いてみます。 
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古絵葉書・神宮徴古館

神宮徴古館

伊勢神宮の宝物や考古資料などを展示している神宮の博物館です。
明治44年に建てられたルネッサンス様式の華麗な建物でしたが、
昭和20年の空襲で外壁を残し焼失。現在の神宮徴古館は外壁をそのままに
屋根と内部を改修した建物です。
外壁自体は当時のままなので、国の登録文化財に指定されています。
現在の姿と比べてみると、ドームが失われているため、焼失前よりちょっと
荘厳さが失われている気がします。

古絵葉書・東京地下鉄道

東京地下鉄道

東京に地下鉄が開業したのが昭和2年。東京地下鉄銀座線と呼ばれるその路線は、
記念すべき日本で最初の地下鉄であります。
この絵葉書には、左に「すゑひろちやう」と書かれていることから、
末広町駅であることがわかります。
その右にはなにやらポスターがありますね。何のポスターでしょうか。
地下鉄末広町駅は、昭和5年に開業した駅で、当時はこんなレトロな
地下鉄だったんですね。この絵葉書は、着色写真なんでしょうか、イラストなんでしょうか。
どちらにしても中々良い感じの絵葉書ですね。
右に写っているのが地下鉄の車両なのですが、これこそ日本最初の地下鉄車両で、
1000形車両と言われるものです。まだ溶接ではなく、リベット打ちのこの記念すべき車両は、
現在、1両が東京の地下鉄博物館に保存されています。



古絵葉書・福知山歩兵第二十連隊絵はがき(5枚セット)

第二十連隊セット袋

歩兵第二十連隊は、京都府福知山市に駐屯をしていた陸軍の歩兵連隊で、
以前、二十連隊の絵葉書を紹介しましたが、(こちらを参照)
今回は、袋入りの5枚セットの絵葉書を紹介します。
まずは、絵葉書の袋。中身の絵葉書は、「続きを読む」からご覧下さい。
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古絵葉書・野毛山公園

野毛山公園

野毛山は、横浜市の高台にある今でも市民の憩いの場所になっている公園です。
それまでは豪商の広大な屋敷がありましたが、関東大震災で壊滅。
その跡地を大正15年に公園に整備しました。この絵葉書の宛名面には、
「昭和十年三月二十六日-五月二十四日 復興記念横浜大博覧会」
とありますので、震災復興の記念博覧会用に記念に作られた絵葉書と思われます。
この噴水ですが、いつ作られたものか、今でも存在するのかを調べてみましたが、
結局情報を得ることは出来ませんでした。

古絵葉書・広島戦捷紀念碑

広島戦捷紀念碑

手彩色の明治末期頃と思われる絵葉書です。
恐らく日露戦争の勝利を記念して建てられた記念碑で、大砲の砲弾型をしています。
左側には人力車がいますね。この記念碑はもう存在しないと思います。

古絵葉書・金華山頂ノ岐阜古城址天守閣

岐阜古城天守閣

織田信長で有名な岐阜城は、現在天守台の石垣上に戦後に建てられた模擬の天守が
そびえている事は結構有名ですが、今の模擬天守が2代目の模擬天守だということは
あまり知られていません。実は明治43年、今と同じ場所に木造で3層3階の天守が
建てられていた事がありました。
この絵葉書はその初代模擬天守を写した絵葉書です。
今の天守と比べてこじんまりとしたかわいらしい天守で御三階櫓ともいえるような天守です。
明治43年の建設以来、親しまれていたこの天守ですが、昭和18年に焼失してしまいました。
ちなみに、肝心のオリジナルの天守ですが、信長在城時代には天守があったという
確実な証拠は無いそうです。
江戸時代には廃城となった岐阜城ですが、
地元にとってはシンボルとなる天守が欲しかったのでしょうね。

古絵葉書・京都ホテル

京都ホテル

明治10年、京都勧業場から引き継いで開業した常盤ホテルは、明治28年に京都ホテルとして
新たな出発を始めました。京都ホテルの宿泊者には、ロシア皇太子(後のロシア皇帝)
ニコライ2世や与謝野晶子など、著名な人物が多く宿泊しました。
この絵葉書の建物は、明治20年代の常盤ホテル時代のものを引き継いだもので、
後に、右側に別館を同じようなデザインで増築したようです。
建物のデザインは、陸軍省でも書いた「擬洋風建築」で、陸軍省の記事を参照していただきたいのですが、このホテルに関しては、京都勧業場の建物のデザインを踏襲したためだそうです。
旧京都ホテル宛名面

この絵葉書は、明治の手彩色絵葉書ですが、どうやら外国人向けに作られたもののようです。
注釈文はローマ字で書かれておりますし、宛名の面にはこのように
萬国郵便聯合端書」と書かれています。

古絵葉書・陸軍省

陸軍省

陸軍省は、明治5年に設立した名前の通りの陸軍の役所です。
この絵葉書は、陸軍省設立の時期とほぼ近い年代に建てられた庁舎の建物で、
洋風のような和風のようなちょっと変わったデザインをしています。
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古絵葉書・(福知山)工兵第十大隊

工兵第十大隊

工兵第十大隊は、明治29年に伏見にて設立明治30年に福知山に転営した工兵部隊です。
工兵とは、戦地にて破壊された橋梁や鉄道・道路などを修復、新設したり、
陣地の構築、さらには敵の陣地の破壊活動などを行う部隊です。
工兵第十大隊は、大正14年に福知山から岡山に移転し、その場所には
福知山商業学校(後の福知山商業高校、現・福知山成美高校)が創立しましたが、
旧大隊の建物がそのまま校舎として使われ、現在でも旧大隊時代の兵舎が
現存し、校舎として使用されています。

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