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 2006年07月 

古絵葉書・福岡名所 福岡ホテルより博多湾を望む

福岡名所2
引き続き福岡の街並みを。こちらも中州のようです。
洋館がところどころにあるとはいえ、まだまだ日本家屋の割合が多いし、高い建物もありませんね。

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古絵葉書・福岡名所 東中洲ヨリ天神町方面

福岡名所1
屋台のラーメンで有名な福岡の中州ですね。さすが大都市らしく洋館が建ち並んでいます。
右端に少しだけ写っているドーム屋根は、おそらく旧日本生命福岡支店。
現在の赤煉瓦館で、重要文化財に指定されています。

古絵葉書・東京湾頭に於ける特別大観艦式

特別大観艦式1
状態が悪いのが惜しいところですが、
東京湾における特別大観艦式の様子を撮影した絵葉書です。
写っている軍艦は明治期の戦艦クラス。左には複葉機が写っていますね。
戦艦には満艦飾が施され、式典による観艦式であることが分かります。
日本では大正時代にはすでに飛行機が飛んでいますので、軍艦の様子と航空機から
大正時代の絵葉書と推定されます。
特別大観艦式2
2枚目の絵葉書。こちらは巡洋艦・駆逐艦クラスの艦艇が並んでいます。
いずれも明治期の艦艇で、巡洋艦クラスの艦には満艦飾があります。
結構大規模な観艦式だったようですが、調べてみますと大正時代には6回行われていたようです。
そのうち、「特別」と付くのは大正4年12月4日の御大礼特別観艦式。
艦の様子や絵葉書の様式を見ても時期的に合いますので、
その観艦式のものではないかと推定しておきます。

古絵葉書・広島猿猴橋

広島猿候橋
大正15年に完成した鉄筋コンクリートの橋です。親柱の飾りが物凄いですね。
絵葉書には鋳鉄製の欄干がありますが、戦時中に親柱の飾りとともに供出されました。
昭和20年8月6日の原爆投下時、爆心地から1.8kmの距離ながら橋は無事で通行できたそうです。猿猴橋は現在も使用されており、貴重な被爆建造物となっています。

古絵葉書・徳山海軍第三燃料廠

徳山海軍第三燃料廠1
山口県徳山市(現・周南市)にあった海軍の第三燃料廠のプラントです。
燃料廠とは、海軍で必要とする燃料や潤滑油の生産・加工・実験・研究などを行なう機関です。
徳山市にあった燃料廠は第三燃料廠で、このような広大な敷地を持っていました。
徳山海軍第三燃料廠2
燃料廠のタンクの一部。
戦前とは思えない近代的な燃料タンクと、そのそばに建つ藁葺き屋根の民家との
対比が面白いですね。この広大な燃料廠は、昭和20年5月空襲により
完全に機能を破壊されました。
戦後、燃料廠の跡地は出光興産に払い下げられました。

古絵葉書・福知山全景(福知山名所)

福知山全景
戦前の福知山の全景です。
右端に見える洋館は、現在京都府指定文化財に指定されている旧松村家住宅洋館。
松村邸の洋館は大正3年の建築ですので、この絵葉書はそれ以降の建築になります。
戦前の福知山の全景は以前も紹介しています。今回は以前紹介した絵葉書を
もう一度取り上げ比較してみたいと思います。
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古絵葉書・大日本帝國軍艦 ときわ(常盤)

装甲巡洋艦 常盤
装甲巡洋艦 常盤は、明治32年イギリス・アームストロング社にて竣工した浅間型の同型艦で、
日露戦争に参加。その後は海防艦などに転籍し、昭和20年8月に米軍機の攻撃を受けて
大破着底。昭和20年11月に解体されるまで存在し続けた寿命の長い艦です。
この常盤だけでなく、日露戦争時代の戦艦・巡洋艦の多くが意外と長生きだったのは、
大戦中にはかなりの旧式になり、艦隊行動が取れないので沿岸警備や工作艦、
練習用や宿舎になったためで、艦隊を組んで外洋に出かけ、
戦闘に参加することがなかったためです。

データ
常備排水量:9,700t
全長:124.36m
最大速力:21.5kt

武装
45口径20.3cm連装砲2基
40口径15cm単装砲14基
40口径7.5cm単装砲12基
47mm単装砲8基
45cm魚雷発射管5門
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