Monthly Archives

 2006年10月 

古絵葉書・木更津中学校創立二十周年記念展覧会

木更津中学校展覧会
木更津中学校創立二十周年記念の展覧会の様子を写した絵葉書です。
これは理科の先生でしょうか。理科室らしい棚や机が並んでますね。
机の上には展示品の機器が並んでますが、その中の一つに「エックス線」の文字が。
エックス線の機器って、旧制中学校の理科室で作れるものなのか・・・
スポンサーサイト

古絵葉書・第一艦隊海軍の弔砲

第一艦隊海軍の弔砲
印には、「明治天皇 伏見桃山参拝記念」とありますので、明治天皇崩御の弔砲かと思われます。
艦影と船体の横に書かれた艦名により、駆逐艦でしょう。
艦名は小さすぎて読めませんが、艦影と時期を頼りに調べてみると、
「海風」(初代)型か、「桜」(初代)型か「浦風」(初代)型と思われます。

古絵葉書・舞鶴海軍病院

舞鶴海軍病院
舞鶴海軍病院の本館です。
海軍病院は、海軍の傷病兵士の治療に当る海軍専用の病院でした。
この絵葉書の施設の当時は、現在の海上自衛隊舞鶴地方総監部のあたりにありましたが、
日中戦争により施設の拡大が必要になってきたために移転しました。
舞鶴海軍病院病室
舞鶴海軍病院の病棟です。
写っているのは、入院している傷病兵です。
戦後、舞鶴海軍病院は国立病院となり、現在は舞鶴医療センターになっています。

古絵葉書・舞鶴海友社

舞鶴海友社
舞鶴海友社の建物です。
海軍将校の倶楽部施設が水交社なのに対し、海軍の准士官の倶楽部施設が海友社です。
将校倶楽部の水交支社の建物に対し、規模小さく作りも質素なのは、
やはり将校より下の准士官だからでしょうか。
将校最下級の少尉と准士官は階級一つ違いなのですが、その間には大きな差があるようですね。

古絵葉書・舞鶴水交支社

舞鶴水交支社
舞鶴水交支社の本館です。
水交支社は、東京に置かれた海軍将校の親睦・研究団体である水交社の支社で、
各鎮守府に置かれました。
舞鶴水交支社側面
舞鶴水交支社の側面。
海軍将校の倶楽部施設なので、建物は豪華になっています。
旧舞鶴海軍水交支社

現在、水交支社の建物は残っていませんが、跡地は海上自衛隊の宿舎となり、
唯一、絵葉書にも写っている正門が残されています。

古絵葉書・舞鶴防備隊

舞鶴防備隊
舞鶴防備隊の兵舎です。
防備隊とは、鎮守府管轄の軍港の防備や掃海作業を担当した部隊です。
舞鶴防備隊は戦後も湾内に多量に設置された機雷の掃海作業のため存続し、
掃海作業終了とともに廃止。現在は海上保安学校・海上自衛隊補給処の施設となっています。

古絵葉書・舞鶴軍港港務部

舞鶴海軍港務部
舞鶴軍港港務部の庁舎です。
軍港港務部とは、港の船の出入り・係留の管理、標識等の整備、検疫、救難、
警備を担当した機関です。鎮守府等の軍の中枢機関の庁舎と違い、質素な建物ですね。
しかし、港務部は要港部格下げ後も廃止されず存続しました。
それは、湾内の交通整理や艦船の出入りの管理をする上で必要不可欠だったからでしょう。

舞鶴海兵団

舞鶴海兵団
舞鶴海兵団の庁舎です。
海兵団とは入隊した水兵を艦隊任務やその他の任務につけるように教育した機関であり、
各鎮守府の都市に置かれました。また、海軍陸戦隊も駐屯していたそうです。
舞鶴海兵団兵舎
舞鶴海兵団の兵舎と賄所。
入隊した水兵たちはここで寝食をともにしました。
舞鶴海兵団は、当初中舞鶴に置かれましたが、軍縮による要港部への格下げとともに
海兵団も廃止。その後、鎮守府復活とともに海兵団も場所を移転して復活しました。
この絵葉書の海兵団は移転前のもので、海兵団廃止後の昭和2年に跡地へ
海軍機関学校が置かれ、現在は海上自衛隊舞鶴地方総監部の敷地になっています。

古絵葉書・舞鶴鎮守府

舞鶴鎮守府
舞鶴鎮守府の庁舎です。
鎮守府とは、海軍の拠点として艦隊の後方を統括した機関で、
横須賀・呉・佐世保・舞鶴の4都市に置かれていました。
舞鶴鎮守府の必要性は明治の前期から問われていましたが、先に呉と佐世保の
整備が急がれたため、舞鶴鎮守府の設置、軍港整備は日清戦争後となりました。
大正~昭和初期の軍縮時代には、鎮守府は要港部に格下げされ、舞鶴軍港の
規模も縮小されましたが、昭和14年に再び復活し、明治後期の最盛期の勢いを取り戻しました。
現在は海上自衛隊の地方総監部が、かつての鎮守府に相当する機関になっています。

現在舞鶴鎮守府の庁舎建物は残されていませんが、
鎮守府長官が過ごした官舎は残されています。
旧舞鶴鎮守府長官官舎
現在「東郷邸」と呼ばれる旧舞鶴鎮守府長官の官舎です。
洋館と和館が併設された明治期特有の住宅建築で貴重なものです。
初代舞鶴鎮守府長官だった東郷平八郎もここで過ごしています。
普段は非公開ですが、時折一般公開されます。
(この写真は2013年5月27日公開の時に撮影)
舞鶴旧海軍官舎1
また、東郷邸のすぐ近くにはかつての海軍官舎だったと思われる建物が2棟残されています。
舞鶴旧海軍官舎2
東郷邸と同じく和館の母屋に洋館が併設された建物で、洋館部分は東郷邸洋館と酷似したデザインであり、
同じ時期に建てられたものと思われます。
旧鎮守府長官の官舎より小ぶりでありますが、舞鶴市浜にある将校用の旧海軍官舎よりかなり豪勢であるため
鎮守府付き副官や艦隊司令官といった将官クラス等の高級将校用の官舎だったのではないかと思われます。
<?php include_once("analyticstracking.php") ?>