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 2007年04月 

古絵葉書・東京の反面

東京の反面
関東大震災後、東京はかなり近代的な街並みへと変化していきましたが、
その反面、この絵葉書のようにバラックのような街並みも存在していました。
この絵葉書はその様子をとらえている珍しいものですが、
その注釈も結構皮肉っぽく書かれていて面白い内容になっています。
以下、注釈部分を書き出してみます。

「がっしりとした鉄筋コンクリート、瀟洒な白タイル、七色のネオンライトに彩られた
モダン東京も、その裏に廻ってみれば、この有様です。
顔にばかりゴテゴテ白粉を塗って、襟筋の垢をそのままにしている、
下手なお化粧に似てはいませんか。ここは銀座一丁目の町つづき
大根河岸から眺めた情景です」


戦前の絵葉書は一種の報道の役割も果たしていたようですが、このような世相を皮肉った
週刊誌のような描き方もしているんですね。
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古絵葉書・讃岐金刀比羅宝物館

讃岐金刀比羅宝物館
香川県にある神社に金刀比羅宮という有名な神社がありますが、
その神社にまつわる宝物を保管・展示するために建てられたのが宝物館です。
明治38年に建てられた宝物館は、まるで城郭の櫓のようなデザインになっており、
中々堂々とした姿に仕上がっています。
この宝物館は現存しており、国の登録文化財に指定されています。

古絵葉書・竣工セル五月橋正面

五月橋
奈良県山添村を流れる名張川に架かるトラス式鉄橋で、昭和3年に完成した橋です。
リベット打ちの鉄橋と立派な親柱が戦前の橋らしく重厚で、
当時は人々の目を引く橋だったと思われます。
絵葉書は竣工直後のものですが、この橋は現在も残っていて、
古びてはいますがしっかりと現役の橋として村の人々の生活の支えになっています。

古絵葉書・大本教(綾部)

綾部大本教
大本教の本部は亀岡市と綾部市にありますが、
この絵葉書は綾部市の本部のものです。
大本教は神道を基にした宗教団体ですが、この絵葉書に写っている
教会のような洋館も建てられていたんですね。
これら施設も現在は残っていないのが残念です。

古絵葉書・大隈侯爵邸

大隈侯爵邸
大隈侯爵といえば、首相も勤めた明治の元勲・大隈重信ですね。
さすが明治期の政界の中心にいた人らしくかなり立派なお屋敷です。
絵葉書は和館が中心になってますが、奥の洋館のほうが
かなり立派ではないかと思われます。
しかし、いくら有名人とはいえ、個人のお屋敷まで絵葉書になるなんて
これも時代ゆえでしょうか。

古絵葉書・九州帝国大学医学部

九州帝国大学医学部
帝国大学らしく明治の立派な洋館の施設です。
この絵葉書を作られた時期はおそらく昭和期だと思います。

古絵葉書・浦上天主堂

浦上天主堂
昭和20年8月9日、長崎市に落とされた原子爆弾は、
一瞬の内に浦上地区を壊滅させました。
浦上地区のシンボルであった浦上天主堂もあっという間に瓦礫へと変わってしまいました。
現在、浦上天主堂は被爆前の姿に再建され、再び同地区のシンボルとなっています。

古絵葉書・花菖蒲とウォーターシュート(あやめ池)

あやめ池
奈良市にあった、あやめ池遊園地の戦前の様子です。
今でこそ珍しくはないウォーターシュートですが、当時からあったんですね。
昔の人は水濡れ対策、どうしてたんでしょう。
戦前から続いたあやめ池遊園地も、平成16年に経営難から閉園してしまいました。

古絵葉書・俯瞰セル神戸港

大正期ごろの神戸港
恐らく、明治末期か大正期ごろの神戸港の絵葉書と思います。
奥にガータークレーンと汽船が写っている以外は、小型の汽船や帆船が停泊していて
のどかな風景になっています。

古絵葉書・亀岡 大本教(旧丹波亀山城跡)

大本教1
京都府亀岡市には大本教という宗教団体の本部があります。
戦前から続く宗教団体で、過去2回ほど弾圧を受けましたが現在も続いています。
その亀岡市の大本教本部は元々丹波亀山城の跡地で、明治の廃城と
山陰本線の工事で城の建物はおろか、石垣まで破壊されました。
大正8年、教祖が城跡を購入。その後信者等によって下3段のみ残った
石垣をもとに石垣を修復。しかし、その後昭和10年に弾圧によって石垣は破壊され
その後再び修復されると言う状態になっており、丹波亀山城当時の遺構は
ほぼ皆無と言っていいかもしれません。この絵葉書は昭和10年の破壊以前のものと
推定されますので、多少は丹波亀山城時代の雰囲気は残っているかもしれません。
今回は、その丹波亀山城の城跡と言う点を中心に紹介していきます。
以下、他の写真と私なりの解釈と解説をしていきますので、
続きを読むからご覧下さい。
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