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 2009年02月 

古絵葉書・大日本麦酒 サッポロビール醸造工場

大日本麦酒札幌工場
前回紹介した大日本麦酒目黒工場と同じ大日本麦酒の札幌の工場です。
ただし絵葉書には「サッポロビール」と名前が入っていることからも分かるように、
同じ大日本麦酒の製品でも札幌工場で作られたビールは、
「サッポロビール」という銘柄が付けられていました。
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古絵葉書・大日本麦酒目黒工場

大日本麦酒
大日本麦酒とは、戦前に存在した最大手のビールで、
現在のアサヒビール・サッポロビールの前身であるビール会社でした。
大日本麦酒は明治39年に札幌麦酒、大阪麦酒、日本麦酒の3社が合併してできた
会社で、合併前の札幌麦酒・大阪麦酒・日本麦酒のブランドで今も販売されている
サッポロビール・アサヒビール・ヱビスビールを販売しており、
また、ビール以外でも、リボンシトロンや三ツ矢サイダーなど、
現在も売られている清涼飲料水も販売していました。
しかし、戦後の昭和24年、解体されることになり、その時分割された朝日麦酒と日本麦酒が
現在のアサヒビール・サッポロビールとなりました。

絵葉書の工場はローマ字の文によると、目黒工場のようです。
大日本麦酒三十年史5
こちらは、所有している昭和11年発行の「大日本麦酒株式会社三十年史」
に収録されている、目黒工場の様子。ただ、絵葉書と比べると、
共通の建物が見当たらないのですが。

「大日本麦酒株式会社三十年史」には、会社の沿革と工場の様子だけでなく、
製品のラベルなども紹介されており、昭和戦前期のビールや清涼飲料水の製品を
知る好資料となっています。


追記にて紹介していますので、下の「続きを読む」からご覧ください。
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古写真・初代心斎橋

初代心斎橋
明治前期頃撮影と思われる初代心斎橋の鶏卵紙写真です。
右奥に見える塔屋のある洋館は電信支局。
初代心斎橋は、明治6年にドイツから輸入された資材で架けられた
大阪で2番目、日本でも5番目という鉄橋でした。
この初代心斎橋は、明治42年に2代目の心斎橋が架けられた時に
撤去されましたが、初代心斎橋は現存しています。

撤去された心斎橋はその後いくつもの場所を転々とし、そのたびに
心斎橋→境川橋→新千船橋→すずかけ橋
と名前を変えました。
最後のすずかけ橋の役割を終えて撤去された際、保存を望む声にこたえて、
花博跡地の鶴見緑地公園内に移設され、現在は「緑地西橋」として保存されています。

古絵葉書・草野川電気株式会社

草野川電気株式会社1
大正4年に開業した電気会社で、草野川を利用した水力発電による
電気の供給をしていました。
これは草野川電気株式会社の本社社屋。社屋というより民家のようですね。
草野川電気株式会社2
これは、草野川第一発電所。発電所の建物は小さいですね。
草野川電気株式会社3
発電所内部。
制御盤らしき装置と発電機がある以外は、ほとんど農家の納屋のような感じです。
しかし、こんな小さな発電所がもたらす電気の光は近隣の民家にとって
革命的なものでした。この小さい会社の小さい発電所にかける地元の期待は大きく、
それが、これら絵葉書と記念スタンプによく表れてます。

この時期、滋賀県内には多数の中小の発電会社が誕生していたようですが、
大正も半ば以降になると、京都電燈と宇治川電気の2社によって買収されていったようです。
この草野川電気株式会社もほどなくして吸収されたものと思われます。
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