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 2009年05月 

番外編・明治初期の新聞 東京日日新聞 創刊号(明治5年2月21日付)

東京日日新聞 創刊号
*画像をクリックすると大きなサイズが表示されます。

今回は少し趣向を変えて「東京日日新聞」の創刊号を紹介します。
東京日日新聞は明治5年2月21日(但し当時はまだ旧暦だったので、現在の3月29日)
に創刊された、東京で初めての日刊新聞です。
(日本初は明治3年に横浜で発行された横浜毎日新聞)
当初は創始者の一人である条野伝平の自宅から発行されましたが、
2年後の明治7年に銀座煉瓦街に社屋を建てました。
その時に福地源一郎が入社しています。
明治初期に創刊した新聞の多くが消滅したり吸収される中、
東京日日新聞は昭和まで存続し続け、現在の毎日新聞へと至ります。

この東京日日新聞創刊号は洋紙ではなく、美濃紙という和紙に印刷された1枚もので、
内容は政府の布告や公文書を掲載する「官書公報」と
一般のニュースである「江湖叢談」の2つくらいでした。
題字の右には政府の許可をもらっているという「官許」の朱印があります。
また、政府の組織名が「太政官」「神祇官」であり、
新聞の代金が円ではなく文と匁になっているなど、
まだまだ江戸時代の様子を残すいかにも明治初期の新聞といった感じで、
近世文書から近代文書へと変わっていく過程の文書とも言える資料です。
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古絵葉書・舞鶴鎮守府在籍軍艦(吾妻・阿蘇・丹後・見島・鎮西・千歳)

舞鶴鎮守府所属艦艇
明治39年頃の舞鶴軍港の様子を撮影した絵葉書です。
明治三十七・八年戦役(日露戦争)第一回海軍記念日の記念スタンプが押されています。
海軍記念日とは、日露戦争の日本海海戦で勝利した日です。

手前に写る軍艦たちは右から

装甲巡洋艦「吾妻」
装甲巡洋艦「阿蘇」(元ロシア海軍装甲巡洋艦「バヤーン」))
戦艦「丹後」(元ロシア海軍戦艦ポルタヴァ)
海防艦「見島」(元ロシア海軍海防戦艦「アドミラル・セニャーウィン」)
砲艦「鎮西」(元清国海軍砲艦「鎮西」)
防護巡洋艦「千歳」

となっておりますが、吾妻と千歳以外はすべて鹵獲軍艦になっています。
特に日露戦争後ということもあって、ロシア海軍の軍艦が多いですね。
これらの軍艦は、吾妻と鎮西を除いて昭和初期までに処分されました。
鎮西は明治41年に隠岐商船学校へ練習船として移管され、
吾妻のみが昭和19年まで舞鶴機関学校の練習艦として舞鶴湾に停泊し続けました。

艦艇の奥に煉瓦の建物群が見えますが、
おそらく舞鶴海軍工廠(現・ユニバーサル造船舞鶴工場)の
工場棟ではないかと思われます。

古絵葉書・第一工業製薬 京都工場

第一工業製薬1
第一工業製薬は京都に本社を置く製薬会社です。
梅小路機関車館の南に工場を設け、昭和6年から12年にかけて
本館や工場棟が建てられていきました。
この絵葉書は、昭和12年に工場施設群が完成したのを記念して発行されたものと思われます。
第一工業製薬2
右手に見えるスクラッチタイルの建物は本館。左手の建物は研究棟と大講堂。
正面奥の建物が家庭品工場です。
本館と研究棟が昭和12年、家庭品工場が昭和7年に完成しています。

現在この京都工場は平成12年に閉鎖され、本社も烏丸御池に移転したことから、
工場棟が次々と取り壊され、現在は本館の建物しか残っていません。
第一工業製薬 平成8年
平成8年ごろに私が探索したときに撮影した写真です。
2枚目の絵葉書とほぼ同じアングルです。
手前の門衛所が無い以外は当時はまだ工場棟が現存していましたが…

関連記事・第一工業製薬本館・工場棟(まちかどの西洋館)

古絵葉書・第六師団 熊本偕行社

熊本偕行社
熊本城内に設立された第六師団の偕行社です。
偕行社とは、陸軍師団の将校の親睦団体のことで、全国の師団司令部内に
施設が設けられました。
この熊本偕行社の建物は、デザインから昭和10年代の建築ではないかと思われます。
第六師団司令部
こちらが熊本城内にあった第六師団司令部です。

関連記事・第六師団司令部

古写真・明治20年代頃の歩兵第二十連隊(大阪駐屯時代)

大阪歩兵第二十連隊
旧陸軍の歩兵第二十連隊は、終戦まで駐屯していた福知山のほうで
知られていますが、明治38年までは大阪に駐屯しており、
所属も第4師団でした。
この古写真は大阪駐屯時代の二十連隊の写真で、煉瓦塀のすぐ内側に
擬洋風の兵舎が見られます。
このタイプの兵舎は明治初期に建てられた兵舎によくみられるデザインで、
現在、博物館明治村と仙台に現存しています。
歩兵第二十連隊の軍旗拝受が明治18年。第4師団の創設が明治21年ですので、
この古写真は、明治20年代ごろに撮影された写真ではないかと思われます。

関連記事・歩兵第20連隊1 歩兵第二十連隊絵葉書セット 

古絵葉書・橋立名産館

橋立名産館180
橋立という名前が付いているのと、背後に松林らしきものが描かれているので、
京都府宮津市の天橋立のお土産屋さんではないかと思います。
大きな塔屋が目立ちますが、おそらく展望台で、
1階と2階のそれぞれどちらかに売店と食堂があったものと思われます。

古絵葉書・長野放送局

長野放送局
NHK日本放送協会の長野放送局が長野市の城山公園内に
開局したのは昭和6年のことでした。
現在、城山公園内には平成10年に移転するまで使用されたNHK長野放送局の建物が
城山分室として使用されていますが、この城山分室が昭和6年のこの絵葉書の建物を
増築したものか、それとも完全に立て直されたものかどうかは分かりません。
ただ、城山分室の1階部分がこの絵葉書の建物によく似ている気がするのですが・・・

古絵葉書・大阪中央電信局竣工記念(6枚セット )

大阪中央電信局袋
かつて名作と称された東京中央電信局の設計者、山田守は
大阪の中央電信局の設計も手掛けました。
そのせいか、外観はやや似た印象があります。
大阪中央電信局外観
ただ、やはり東京中央電信局のデザインには一歩及ばなかったようで、
そのことは山田守自身も感じており、
「大阪の中央電信局は壊していいが、東京の中央電信局は残してほしい」
と語ったほどです。
しかし、それでも大阪中央電信局のデザインは優れたもので、
現在も残っていれば素晴らしい名建築であったことだろうと思われます。
この絵葉書は、昭和3年に完成した大阪中央電信局を記念して造られた
絵葉書セットです。現在手元に外観含めて6枚ありますが、
本来はもう少しあったものと思われます。

残りの内部の絵葉書は「続きを読む」からご覧ください。
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古絵葉書・2代目横浜税関

横浜税関(2代目)
明治18年に完成した2代目横浜税関です。
関東大震災で倒壊するまでの間、横浜のシンボルの一つでもありました。
震災後の昭和9年、新たに建てられたのがクイーンの塔で知られる
現在の3代目横浜税関です。
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