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 2009年06月 

古写真・昭和40年代ごろの北丹鉄道写真

北丹鉄道1214
かつて、福知山市と大江町との間に小さな鉄道が走っていました。
その鉄道の名は「北丹鉄道」といい、大正12年に開業。
当初の予定では宮津までつなげる計画でしたが、資金難から大江町で止まったままになりました。
路線のルートは資金の都合により由良川沿いを走るコースに。
もともと経営状態は良くありませんでしたが、
昭和28年の由良川の水害により路線が大打撃を受けた上に
昭和44年お得意先だった大江山鉱山の閉山による貨物輸送収入を失い、
さらにマイカーの増加に伴い経営が成り立たなくなり、
昭和46年に運行を休止し解散しました。
上の写真は北丹鉄道の本社があった福知山西駅で、現在は公園となっています。
北丹鉄道2215
北丹鉄道で使用されていた客車ハ12(手前)とハニ11(奥)
ハ12の後ろにはディーゼル機関車DB2がいます。
福知山西駅の構内の写真と思われます。
客車の屋根が不自然な形になってますが、これは北丹鉄道のあまりの経営難により、
客車の屋根がまともに直せず、キャンパスで覆う応急処置で運行されました。
末期の北丹鉄道の荒れ様はすさまじく、客車は老朽化し走れば車体が大きくきしみ、
路線自体も線路はバラストがほとんどなくなり、枕木は腐り線路には廃線かと思うくらいに
雑草が茂り、線路も鉄橋も車体も傷みが激しいので、25キロ程度の低速でしか
走ることができませんでした。
北丹鉄道4217
昭和46年事実上の廃線である運行休止となり、最後にお別れ運行がなされました。
これはその時の写真です。写っている車両はキハ101。
北丹鉄道3216
上の写真の反対側から撮影したもの。同じキハ101でしょう。

廃線後、これらの車両は福知山西駅跡に放置され、いつのまにか撤去されました。
現在、北丹鉄道の遺構はごく僅かになってしまいましたが、
それでもいくつかの鉄橋やトンネルが当時のまま残されています。

参考・旧北丹鉄道日藤トンネル(まちかどの西洋館)
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古写真・明治20年代頃撮影の比叡(初代)

比叡210
名刺大の鶏卵紙にプリントされた巡洋艦比叡の古写真です。
巡洋艦比叡は金剛型巡洋艦の2番艦として明治8年にイギリスにて起工、
明治11年に完成した艦で、日清戦争に参加。
日露戦争では舞鶴港・旅順港の警備任務についていました。
日露戦争後は測量業務についていましたが、明治44年に除籍された後は
解体されました。
比叡は巡洋艦という艦種に分類されてますが、3本マストの古いタイプのこの艦は、
コルベットと言った方がいいかもしれません。

明治23年に紀州沖で沈没したエルトゥールル号の生存者をトルコのイスタンブールへ
送り届けたのは、金剛とこの比叡でした。

データ
常備排水量:2,250t
全長:(水)70.41m
全幅:12.42m
最大速力:13.0kt

武装:
40口径17.8cm単装砲3基・15cm単装砲6基
7.5cm単装砲2基・25mm4連装砲4基
11mm5連装砲2基・36cm魚雷発射管1門

関連記事
古写真・金剛艦(初代・金剛 装甲コルベット)
古写真・大日本帝国 金剛艦

古写真・明治20年代頃撮影の防護巡洋艦高千穂

高千穂211
名刺大の鶏卵紙にプリントされた防護巡洋艦高千穂の古写真です。
防護巡洋艦高千穂は浪速型防護巡洋艦の2番艦で、
明治17年イギリスにて起工、明治19年に完成しました。
防護巡洋艦というのは、主機室の上部に当たる甲板のみを鋼鉄板で装甲し、
舷側には防御を施さない、おもに19世紀後半から20世紀初めにかけて作られた巡洋艦です。
高千穂は、就役後に日清戦争に参加。日露戦争でも日本海海戦に参加しました。
その後、海防艦に格下げされ、第1次大戦中にドイツの水雷艇の攻撃を受けて沈没しました。

データ
常備排水量:3,709t
全長:91.44m
全幅:14.07m
最大速力:18.0kt

武装
35口径26cm単装砲2基・35口径15cm単装砲6基
4.7cm単装砲6基・25mm4連装砲10基
11mm10連装ガトリング砲4基・36cm魚雷発射管4門

古写真・明治20年代頃の巡洋艦高雄(2代目)艦上写真

高雄212
明治22年に完成した2代目巡洋艦高雄の艦上写真です。
名刺大の鶏卵紙にプリントされています。
高雄と言えば、第2次大戦中に活躍した艦橋が巨大な重巡洋艦の方が有名ですが、
こちらの2代目高雄はあまり有名ではないですが、日清戦争に参加した艦艇です。
2代目高雄は国産初の巡洋艦で、明治19年横須賀造船所(後の横須賀海軍工廠)
にて起工し、明治22年に完成、日清戦争後は海防艦に格下げされましたが、
日本海海戦にも参加。明治44年に除籍されました。
ちなみに、2代目高雄の初代艦長は、後に海軍大臣・総理大臣となる
山本権兵衛でした。

データ
常時排水量:1,770tt
全長:69.98m
全幅:10.49m
最大速力:15.0kt

武装:
35口径15cm単装砲4基・25口径12cm単装砲1基
7.5cm単装砲1基・25mm4連装砲6
25mm連装砲2基・36cm魚雷発射管2門

古写真・明治前期頃の日本陸軍兵士

陸軍兵士213
明治前期頃、おそらく日清戦争当たりの旧日本陸軍兵士の集合写真です。
名刺大の鶏卵紙にプリントされたもので、場所は分かりませんが、
演習中に撮影されたものでしょうか。

古絵葉書・芦屋 中山邸新築記念絵葉書

中山邸1205
最近、国指定登録文化財に指定された芦屋市の中山邸が完成したときに発行された
記念絵葉書です。
個人宅でも絵葉書にして一般に売られたのでしょうか。
どちらかと言うと関係者に記念品として配られたと思いますが。
中山邸の設計は、戦前戦後にモダニズム建築で名を馳せた村野藤吾の作品。
昭和9年に完成しました。
この中山邸もすっきりとしたさわやかなモダニズム建築となっています。
中山邸2206
庭園から客室を望むアングル。
庭園がかなり広いですね。建物自体も相当な規模で
かなりのお屋敷です。

実はこの他にも洋館内部を撮影した絵葉書とか数種類あったのですが、
入手し損ねました。内部写真のほうが資料的には貴重だったかもしれませんが…

古絵葉書・東京第一衛戍病院

東京第一衛戍病院1203
衛戍病院とは、陸軍の衛戍地に設けられた病院のことで、
陸軍の傷病兵の収容・治療を行っていました。

この東京第一衛戍病院もその一つで、明治3年に設立した軍医寮附属病院を
起源とし、東京衛戍病院と改称。明治36年に東京第一衛戍病院と改称されました。
東京第一衛戍病院という名称は、昭和11年に東京陸軍第一病院と改称されるまで
使用されますが、この絵葉書は大正後期から昭和初期にかけての様式を持ってますので、
絵葉書の写真が撮影されたのもそのころではないかと思われます。
東京第一衛戍病院は戦後も引き継がれ、現在の国立国際医療センターとなります。

この絵葉書の建物は「薬室」建物自体は明治後期のもののようです。
東京第一衛戍病院2204
「看護卒兵舎」看護兵、いわゆる衛生兵の兵舎のようです。
本来はセットとして複数枚の絵葉書があったと思われますが、
バラの状態で入手しましたので、今のところはこの2枚のみです。

古絵葉書・京都市中央卸売市場(5枚組)

京都市中央卸売市場1195
京都市の丹波口駅そばにある、京都市中央卸売市場は、
日本で初めて開設された中央卸売市場で、昭和2年に開設されました。
この時開設された中央卸売市場は現在も第一市場として現役で利用されています。
この絵葉書は京都市中央卸売市場開設を記念して発行されたもので、
5枚セットとなっております。

中身の絵葉書は、続きを読むからご覧ください。
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古絵葉書・香川県営四ヶ池(四箇池)用排水改良工事竣工記念(5枚セット+解説書)

四ヶ池1
四箇池は、香川県高松市にあるため池、公淵池・城池・松尾池・神内池の4つのため池を
総称した名前の池で、この絵葉書は昭和10年に完成したそれらのため池の
用排水工事を記念して作られたものです。
5枚セットとなっており、工事についての概要を記した解説書も付いています。
中身の絵葉書ですが、メイン工事が公淵池の改修だったこともあり、
5枚のうち4枚が公淵池の絵葉書です。

中身の絵葉書と解説書は続きを読むからご覧ください。
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