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 2009年11月 

古絵葉書・仙台 第二師団司令部(正門と庁舎)

第二師団司令部
仙台市にあった旧陸軍第二師団司令部は、仙台城(青葉城)内に駐屯し、
空襲で失われた旧仙台城の大手門が、師団司令部の正門としても利用されていました。
また、桃山建築である豪壮な大手門は仙台市の名所としても知られていました。
そのため、第二師団司令部の絵葉書では隅櫓と大手門を写した絵葉書が
ほとんどで、その奥にあった師団司令部庁舎を写した絵葉書はあまり見かけません。
(国宝 旧仙台城)「詰所門跡ニ在ル現第二師団司令部正門」との
キャプションのあるこの絵葉書は、第二師団司令部庁舎そのものが写っている
珍しい絵葉書だと思います。

この絵葉書を見る限り、師団司令部庁舎は明治前期に良く見かける
擬洋風建築のようです。。
また、絵葉書の様式を見ると、昭和10年代くらいのものと推定されますので、
この師団司令部庁舎は戦中までそのまま使用されていたと思われます。
ただし、この庁舎が終戦後まで残っていたのか、あるいは空襲で焼失したのかは
分かりません。

現在、師団司令部庁舎の跡地はロータリーとなっており、絵葉書にも写る
石積み状の正門も残されていないようです。
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古絵葉書・福知山 音無瀬橋(昭和7年5月19日竣工記念)

音無瀬橋
福知山市を流れる由良川に架けられた音無瀬橋は、大正までは木造橋で、
洪水により幾度となく流されました。
そこで昭和7年に永久橋とするべく鉄筋コンクリートで架けられたのが
平成7年まで使用されたこの音無瀬橋で、長らく福知山市民に親しまれ続けました。
福知山では初めてといっていい近代的でモダンな橋だったせいか、名所にもなっていたようです。
また、夏の花火大会では、この橋が観覧場となりました。
この絵葉書は5代目音無瀬橋竣工を記念して発行されたもののようで、
右上に記念のスタンプが押されています。
現在、この絵葉書にも写る親柱が記念として保存されています。
音無瀬橋
こちらは別の絵葉書の5代目音無瀬橋。全景が写ってます。

古絵葉書・経ヶ岬灯台(舞鶴軍港口)

経ヶ岬灯台
タイトルには「舞鶴軍港口」としか書かれていませんが、この灯台は、
現在の京都府京丹後市丹後町にある経ヶ岬灯台です。
ですので、舞鶴軍港口と書かれてはいますが、舞鶴港にあるわけではなく、
ずっと北の丹後半島の北端に位置する灯台です。
経ヶ岬灯台は明治31年に設置され、現在も当時の姿をそのまま残していることから、
Aランクの保存灯台に指定されています。
また、全国で6つしかない第1等フレネルレンズを当時のまま使用し続けている
1等灯台でもあります。
現在、絵葉書に写る石造の付属官舎は残っていないようですが、別の石造の付属建物は
残っているようです。

舞鶴要港部病院愛国寮絵葉書

舞鶴要港部愛国寮2
明治31年に開設された舞鶴鎮守府は、大正12年のワシントン海軍軍縮条約により
一旦要港部に格下げされ、舞鶴鎮守府所属の各施設も格下げされました。
この絵葉書の舞鶴要港部病院も、舞鶴鎮守府病院から格下げされた病院です。

その要港部病院に愛国婦人会京都支部の佐谷ハツさんと言う人が
昭和13年に愛国寮という建物を寄付し、その記念として出されたのがこの絵葉書セットです。
中身は、絵葉書4枚と建物の工事概要説明書1枚からなっています。

中身の絵葉書は、続きを読むからご覧ください。
続きを読む

古絵葉書・福知山 音無瀬橋

福知山 音無瀬橋
恐らく大正期頃撮影の福知山市・音無瀬橋の絵葉書です。
昭和6年に鉄筋コンクリートの橋が架けられる前の木造の橋で、
このような木造橋は由良川の氾濫で何度も流されました。
橋の向こう側は猪崎新地で、かつては京都府北部でも有数の遊郭街でした。

過去に紹介した音無瀬橋の絵葉書も合わせてもう一度紹介します。
福知山堤防
明治39年の消印のある絵葉書。橋が上記の橋と同じです。
音無瀬橋
昭和6年に完成した鉄筋コンクリートの音無瀬橋。
5代目のこの橋は、平成7年に現在の新橋が架けられるまで使用されました。

関連ページ・福知山堤防ヨリ鬼ヶ城ノ遠望福知山名所 音無瀬橋

古絵葉書・京都府立医学専門学校

京都府立医学専門学校
京都府立医学専門学校は、現在の京都府立医科大学の前身です。
創立は明治4年。当初は青蓮院内に仮療病院を置きましたが、
明治13年には現在地へと移転しています。
現在敷地内には、旧図書館を始めいくつかの近代建築が残ってますが、
いずれも昭和期の鉄筋コンクリート建築です。

この絵葉書の建物は明らかに明治初期に流行った擬洋風建築。
屋根は入母屋で、一番高い屋根にはシャチホコまで乗ってます。
恐らく、明治13年に移転したときに建てられた校舎ではないでしょうか。

この絵葉書の様式は明治後期頃のものと思われるもので、
明治から大正期くらいまでは、明治13年の古い擬洋風の校舎を
使用していたと思われます。

古絵葉書・京都公会堂

京都公会堂
現在、岡崎公園内に「京都市美術館別館」として使用されている建物は、
旧京都市公会堂(旧岡崎公会堂)の建物ですが、
現在の建物は昭和6年に完成した鉄筋コンクリート製の建物です。
この絵葉書の「京都公会堂」は大正6年に完成したもので、
もとは二条城内にあった饗宴場・舞楽場の舞楽場を移築したものです。
屋根は桧皮葺で当時日本最大と言われた和風建築ですが、
昭和9年の室戸台風で倒壊してしまいました。

大正11年に京都公会堂で全国水平社創立大会が行われましたが、
その時の建物がこの絵葉書の公会堂です。
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