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 2010年06月 

古絵葉書・防護巡洋艦「松島」

防護巡洋艦松島
清国との緊張が高まりつつあった明治18年。清国北洋艦隊に配備された「鎮遠」と「定遠」の
2隻の戦艦は、日本海軍に大きな衝撃を与えると同時に大きな驚異となりました。
しかし、予算が少なく定遠・鎮遠のような強力な戦艦が持てなかった日本海軍は、
小型の船体に定遠級の戦艦に対抗できる32センチ砲を1門だけ配備した巡洋艦を
フランスへ発注し配備しました。それが「三景艦」と呼ばれる松島・厳島・橋立で、
この松島は三景艦のネームシップとなった巡洋艦です。

日本海軍の期待を背負って完成した松島型は、実際使用してみると
32センチ砲は発射速度が遅い上扱いにくく、また船体に似合わない
大型の砲のために船のバランスに大きな問題が生じ、実際に日清戦争の黄海海戦では、
32センチ砲が1発も当たらなかったのに対して、副砲の12センチ砲の方は
大いに活躍し、以後日本海軍は副砲を重視したイギリス式の軍艦を基本とするようになりました。

日露戦争時は実戦に参加せず、哨戒任務に従事しました。

明治41年、練習航行中に台湾沖にて火薬庫爆発により沈没。200人近くの犠牲者を出して
松島の生涯は終わりました。

データ

常備排水量:4,278t
全長:89.92m
最大速力:16.0kt

武装
38口径32cm単装砲1基
40口径12cm単装砲12基
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古絵葉書・福知山 近波楼

近波楼
絵葉書には、「福知山 近波楼」のキャプションのみある建物で、
福知山市のどこにあった建物か書かれていませんが、玄関にある立派な唐破風、
格子のある1階窓、高欄つきの立派な2階から、この建物は料亭もしくは遊郭の建物
ではないかと思われます。それも送迎用の自動車まで居る結構格式のある。

実は、この「近波楼」の建物ではないかと思われる建物が現存しています。
現在の近波楼
こちらが現在の建物。外観はかなり改造が施されていますが、2階軒下の欄間の形・2階高欄の造り・
2階軒下壁の柱の位置・1階玄関右手に残る格子の形など、絵葉書の近波楼と酷似しています。
もちろんまだ確認を取ったわけではないのですが、写真の建物が近波楼であった可能性は
高いと思われます。

この写真の建物がある場所は「猪崎地区」。
当時は猪崎新地と呼ばれ、戦前まで北近畿有数の大きな遊郭街のあった場所でした。
猪崎新地
こちらがかつての猪崎新地の絵葉書。
※参照・猪崎新地の記事。
現在も当時の遊郭らしき建物が現存しており、その中でも上の写真の建物と、
もう一つ残っている唐破風つきの建物はかなり立派な建物です。

猪崎新地は戦後に赤線街となった後、昭和33年の売春防止法の施工により猪崎新地の歴史は幕を下ろし、
以後は完全に住宅街へと変わりましたが、現在でも遊郭当時の建物が何件かそのまま民家として使用されています。

古絵葉書・豊郷病院

豊郷医院
豊郷病院は、滋賀県豊郷町八目にある病院で、大正14年に設立されました。
現在は総合病院として大きな施設となっていますが、
この絵葉書の病院も鉄筋コンクリート造の洋風建築で、当時としては立派な病院だったと思われます。

豊郷と言えば、ヴォーリズが設計した豊郷小学校が有名ですが、
※参照・豊郷尋常高等小学校竣工記念絵葉書
この豊郷病院も昭和15年にウォーリズが設計したようで、
なるほど、そう言われればウォーリズらしい建物ですね。
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