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 2010年08月 

古写真・明治20年代頃撮影の行事警察署(行橋警察署)

行事警察署
写真の台紙の裏に「行事警察署ノ景」の筆文字があります。

行事警察署は福岡県行橋市にあった警察署で、現在の行橋警察署にあたります。
設立は明治15年。その後明治29年に郡の合併により幾つかあった警察署は
行事警察署に一本化。そして大正4年に行橋警察署と改名しました。

川べりに建てられた警察署の洋館は、2階部分にベランダを設けた
コロニアル風の建物です。
壁は下見板張り。屋根瓦は日本瓦が葺かれているようです。

警察署の門の前には数人の警察官。警察署前の石橋のそばには
近所の人達らしき人も写っています。
付近には電線らしきものは見当たらないので、まだ電気は引かれていないのでしょうか。

写真の感じから、恐らく明治20年代に撮影されたのではないかと思われます。
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古写真・宮城控訴院(明治20年代撮影か)

宮城控訴院
「控訴院」というのは現在の地方裁判所のことであり、戦前まで呼ばれていました。
この古写真の建物は「宮城控訴院」宮城控訴院の設立は明治8年で、
当初は「宮城上等裁判所」という名称でした。
この古写真の建物は明治前期までに流行した擬洋風建築という様式で、
恐らく設立時の明治8年に建てられたものではと思われます。
また、明治19年に「宮城控訴院」という名前になっていますので、
この写真は明治19年以降の撮影となりますが、
写真は恐らく明治20年代の撮影ではないでしょうか。

古絵葉書・(福知山)音無瀬川新堤防と音無瀬橋

音無瀬橋と新堤防
古くから由良川の水害に悩まされた福知山市は、水害にも耐えうる堅固な堤防の建設が
必要となってきました。特に明治29年の水害は多くの死者と甚大な被害をもたらしました。
明治40年再び大規模な水害が起こると、本格的に近代的な堤防工事が始まりました。
工事を請け負ったのは、のちの「松村組」の創業者である松村雄吉。
堤防は明治42年に完成しましたが、たび重なる堤防の決壊にによる水害を経験していた市民は
この工事に半信半疑で、それを聞いた松村雄吉は、「自らの工事の確かさを証明」するために、
堤防の斜面に沿う形で自邸を建設しました。これが現在京都府指定文化財である「松村邸」です。
以来100年にわたりこの堤防は決壊することなく、現在も役目を果たしています。

奥に見える橋は音無瀬橋。恐らく4代目の橋でと思われます。

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