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 2010年09月 

古絵葉書・愛宕山鉄道 終点愛宕駅

愛宕駅1
昭和4年の開業から戦中の激化に伴い、昭和19年に不要不急線として廃止された
京都・愛宕山の愛宕山鉄道の終着駅である愛宕駅の現役当時の絵葉書です。
愛宕山8合目付近に建てられた愛宕駅は、鉄筋コンクリート製の2階建てで、
2階部分には「愛宕食堂」という食堂゛あったそうです。
絵葉書を良く見ると、斜面側のベランダでくつろいでいる人がいたり、
屋上にテントが張られたりしています。
また、駅の斜面側には現在も当時の牛乳瓶やラムネ瓶が散乱しており、駅内で
販売されたり食堂で売られたりしていたことが分かります。

しかし、その愛宕山鉄道が昭和19年に「不要不急線」に指定されて廃線となり、
戦後も復活することなく放置され現在は廃墟となっています。

ですが、この絵葉書の「愛宕駅」は、ふもとの始点清滝川駅と違い鉄筋コンクリート製だったため、
現在もかなり風化は進んでますが、崩壊せず現存しています。
現在の愛宕駅
これは4年前に撮影した旧愛宕駅です。
絵葉書の頃とは違い、周りは草木に覆われ、建物自体も原形は保ってますが、大分傷みが激しくなっています。

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古絵葉書・愛宕山ケーブルカー進行

愛宕山ケーブルカー
かつて京都の愛宕山に存在していたケーブルカーの絵葉書です。
愛宕山鉄道鋼索線は昭和4年に開通し、愛宕山鉄道開通に伴い
ホテル・旅館・遊園地・スキー場などが作られましたが、
戦争が激化した昭和19年に不要不急路線の指定を受け廃止され、
戦後も復活することなく放置。現在は山中に路線や駅舎が廃墟として残されています。

この絵葉書は、現役時代のもので、愛宕山鉄道のいずれかの路線の橋梁を渡っている
ところですが、第4橋梁辺りの地点でしょうか。

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古絵葉書・舞鶴海軍機関学校

舞鶴海軍機関学校
海軍機関学校は、海軍の機関科に所属する将校を養成する学校で、
海軍兵学校・海軍経理学校と合わせて「海軍三校」と呼ばれました。

海軍機関学校の始まりは、明治7年横須賀に置かれた海軍兵学寮の分校で、
明治14年に海軍機関学校の名称となりました。
その後しばらく横須賀にありましたが、大正12年の関東大震災により校舎が大きな被害を受けたため、
昭和3年に舞鶴へと移転しました。

この絵葉書は舞鶴移転後の海軍機関学校の写真で、奥にある鉄筋コンクリート3階建ての建物は「生徒館」、
手前のアーチ窓の建物は、大講堂でした。

海軍機関学校は終戦と共に閉校となりましたが、敷地建物は海上自衛隊に引き継がれ、
海上自衛隊舞鶴地方総監部となった現在も海軍機関学校時代の多くの建物がそのまま使用されており、
手前の大講堂だった建物は海軍記念館として一般にも公開されています。

古絵葉書・三十四銀行京都支店新築記念

三十四銀行1
三十四銀行は明治11年に開業した第三十四国立銀行を前身とした銀行で、
本店は大阪の高麗橋にありました。
明治30年普通銀行に転換し、三十四銀行になりました。

この絵葉書は、三十四銀行京都支店の新築記念として発行された絵葉書で、
2枚組となっています。
三十四銀行2
三十四銀行京都支店の外観。角地に入口を設け、正面に塔屋を設けた煉瓦造の建物です。
この絵葉書に入っていたであろう説明資料は失われていますが、三十四銀行京都支店について調べると、
辰野金吾設計で大正3年完成の建物とあります。
確かに建物のデザインを見ると、2年後に完成した北國銀行京都支店の建物のデザインと
似通っています。
三十四銀行3
内部。営業室の写真です。
明治大正期の銀行の営業室は吹き抜けの造りになっており、2階部分に回廊を設けています。
カウンターは石張りで、豪華な作りとなっています。
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