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 2011年09月 

古絵葉書・天田郡医師会館落成記念

天田郡医師会館1
天田郡医師会は現在の福知山医師会の前身で、明治33年に設立しました。
戦後の昭和22年に福知山医師会と改称。現在に至ります。
この天田郡医師会館は、天田郡医師会の会館として昭和3年に福知山市内記町に建てられたもので、
落成記念絵葉書の袋にも「昭和3・7・1」の記念印が押されています。
天田郡医師会館は昭和44年まで現存していたようです。

絵葉書は2枚。袋には3枚1組とあるので、残念ながら1枚足りませんが、
幸い外観の絵葉書はあるので、当時の建物の様子を伺い知る事が出来ます。

天田郡医師会館2
「天田郡医師会館前景」
建物は塔屋を持つ2階建ての洒落た洋館です。
玄関ポーチはアーチで、緩やかなカーブを持たせた階段を造り、
屋根の高さも変えて、建物に変化を持たせています。
天田郡医師会館3
「天田郡医師会館階下会議室」
内部はかなりシンプルです。
この他にも応接室など複数の部屋があり、その絵葉書もあったかもしれません。

ところで現在、市役所の近くに「旧福知山医師会館」の建物か残されています。
旧福知山医師会館
これが現存する旧福知山医師会館の建物です。伯耆丸公園の丘の麓にあります。
絵葉書と比べても分かる通り全く違う建物ですが、戦前の建物であることはこの建物の様式から分かります。
恐らく、戦後に福知山医師会と改称したときに新たに福知山医師会館として使用し始めたと思われますが、
となると、前身がなんの建物だったのかが気になります。

それに関して、一つのヒントが残されています。
福知山衛戍病院遺構
上の建物の後ろに付属する平屋の古い建物。その通風口に。
福知山衛戍病院遺構通風口
陸軍の☆マークの通風口が残されています。

かつてこの伯耆丸一帯は陸軍衛戍病院でした。
戦後、衛戍病院は国立病院へと移管しますが、(現在の福知山市民病院)昭和40年代くらいまでは、衛戍病院時代の
敷地にあり、当時の建物も使用していたようです。
現在残る旧福知山医師会館の建物は連続する3棟とも戦前の古い建物で、うち2棟は明治期特有のレンガ積みの基礎となっております。

福知山市医師会によればこの建物に移転前は京都府税務事務所で、さらに府税務事務所は陸軍衛戍病院の
建物を流用しているそうです。

後ろ2棟と前面の建物と様式が違うことから、煉瓦基礎の後ろ2棟が元衛戍病院の建物。
一番手前の建物は、府税務事務所として使用される際に新たに建てたものではないかと思われます。

※関連記事 古絵葉書・福知山衛戍病院

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古写真・笠置発電所工事写真10枚

笠置発電所1
岐阜県恵那市に笠置発電所があります。
大同電力(後の関西電力)によって工事が行われ、昭和11年に完成しました。
堰堤・発電所建屋など当時のまま現在も使用されており、
工事の際に作られたコンクリート混合工場もそのまま現存しています。

※参考サイト・「ダムの風景 笠置ダム」

紹介する古写真は笠置発電所の工事の様子を記録した10枚で、写真には日付と説明が書きこまれ、
戦前の発電所・ダム建設の様子を窺い知る良質な資料であると思われます。

残りの9枚は下の「続きを読む」から御覧ください。
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古写真・笹戸発電所(竣工時?)

笹戸発電所1
愛知県豊田市にある笹戸発電所の古写真です。
写真の感じから、竣工時か竣工間もない頃の写真かと思われます。
笹戸発電所2
発電所建屋のアップの写真。
右側の排水路からは水が流れてません。

笹戸発電所は大同電力により昭和10年に完成しました。
現在も中部電力の手により運用され、当時の発電所建屋がそのまま使われています。

中部電力笹戸発電所

現在の姿を見ると、窓部分や脇の排水路等に改造を受けています。
また、建屋左手の川岸部分は木々で覆われてますね。
左奥の木造らしき建物は現存していないようです。

この他に注釈等はありませんが、笹戸発電所の関連施設と思われる同時期の写真が数枚あります。
恐らくは竣工時の記録写真かと思われます。
笹戸発電所とは確定できませんが、可能性はありますので紹介致します。
下の「続きを読む」から御覧ください。
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古写真・大阪変電所(現・古川橋変電所)

大阪変電所1
写真裏に「大阪変電所全景其ノ一」との記載があります。
相当大規模な変電所施設のようです。
奥に変電所の建物が見えますね。
大阪変電所2
別のアングルです。写真裏には「大坂変電所全景其ノ二」とあります。
手前に小川が流れてますね。場所を特定する鍵となりそうです。

※コメント欄より情報を頂きました。
大阪変電所は古川橋変電所として今も当時の建物が残されています。
古川橋変電所は大正11年大阪府門真市に建設されました。

古写真・春日出第二発電所

春日出第二発電所
かつて大阪市此花区にあった火力発電所で、大阪電燈(後の関西電力)によって、
大正11年に建設されました。
立ち並ぶ巨大な8本の煙突が特徴的で、当時は「八本煙突」と呼ばれ、東京千住にあった千住火力発電所の
「お化け煙突」と並び称される存在でした。

2003年老朽化により取り壊され、跡地はホームセンターになっています。

古絵葉書・亀岡農学校昭和記念館

亀岡農学校講堂
亀岡農学校は、現在の京都府立亀岡高等学校の全身で、大正12年に幾つかの学校が合併して創立しました。
この建物は昭和記念館という建物で、恐らく大礼記念として建てられた講堂ではと思われます。

古絵葉書・福知山工兵第十大隊

工兵第十大隊
工兵第10大隊は明治30年に福知山に移駐し、駐屯しました。
しかし大正14年、軍縮により岡山へ移駐しています。
工兵第10大隊が去ったあと、敷地や建物をそのまま福知山商業学校が使用。
現在も福知山成美高校と名称は変わりましたが、敷地はそのままで、
工兵大隊時代の兵舎の一部や門柱・建物が現存しています。
特に絵葉書にも写る煉瓦の門柱は、現在もそのままの位置で残されています。
工兵第十大隊
こちらはほぼ時代が下った頃と思われる時期の絵葉書です。

古絵葉書・豊後沈堕ノ滝ト発電所(沈堕発電所)

沈堕発電所
沈堕の滝は、大分県大野市にある滝で、古くから知られた景勝地でした。
明治42年、大分~別府間を走る鉄道のために作られた発電所が沈堕発電所です。
大正12年、下流に新たに発電所が作られたあとは役目を終えました。
現在石造の発電所建物が残されており、河畔に建つ旧発電所の遺構はまるで欧州の遺跡のように見えます。

※参考サイト・沈堕発電所跡
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