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 2011年10月 

古絵葉書・舞鶴海兵団(昭和新設時)

舞鶴海兵団(昭和新設時)
海兵団とは、海軍兵の下士官や新兵を教育する機関です。
各鎮守府に置かれ、舞鶴へは明治35年に設置されました。
しかし、ワシントン海軍軍縮条約により舞鶴鎮守府は大正12年に要港部へと格下げ。
海兵団は廃止となりました。
その後、海兵団跡地には大正14年に海軍機関学校が移転しました。
昭和14年、舞鶴要港部が再び鎮守府へと格上げ。海兵団も新たに設置する必要が出たため、
新たに東舞鶴後に敷地を得て新設されました。
それがこの絵葉書の舞鶴海兵団です。

現在、この海兵団だった敷地は舞鶴教育隊の敷地となり、当時の建物が今でも残っています。
舞鶴教育隊
海側から見た現在の舞鶴教育隊の姿です。
写真のベージュ色の建物は当時の庁舎で、絵葉書に写る建物です。
また、手前にある木造の建物も海兵団当時の建物です。

関連記事・舞鶴海兵団(明治~大正期)
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古絵葉書・舞鶴海軍下士卒集会所

舞鶴海軍下士卒集会所
舞鶴市の富士通りにあった海軍の下士卒集会所です。
下士卒集会所とは海軍の下士官兵の厚生施設で、運営は海軍の下士官親睦団体「海仁会」が行なっていました。。
海軍将校の厚生施設は水交社。准士官の厚生施設は海友社と呼ばれる施設でした。

関連記事 古絵葉書・舞鶴水交支社 古絵葉書・舞鶴海友社

古写真・木浦理事庁

明治初期の街並み1
コメント欄でのご指摘により、朝鮮半島の木浦だと分かりました。
明治初期の街並み2
写真中央奥に建つ洋館群のアップ。
この煉瓦造の洋館は木浦理事庁の庁舎です。
木浦理事庁の庁舎は明治33年に建てられ、現存しているようです。
明治初期の街並み3
写真は明治33年以降の明治期の古写真であることが分かりました。
教えていただいた方々、ありがとうございました。

古絵葉書・曽木発電所

曽木発電所1
鹿児島県大口市の名所、曽木の滝の上流にまるで古代遺跡のように煉瓦の壁だけ残された建物があります。
その建物は旧曽木発電所遺構で、現在はダムの貯水により冬季は水没し夏の渇水時期のみ姿を表す
インパクトのある遺構であるため、その価値が最認識され国指定登録文化財に指定され、
保存整備されることになりました。

この絵葉書は操業していた当時のもので、現在も残る煉瓦造りの発電所建屋や建屋上部のヘッドタンクの他に、
水圧鉄管や木造の建物なども見えます。

曽木発電所は明治42年に「曽木第二発電所」として完成した発電所で、鹿児島県内でも最初期に位置する
大規模な発電所でした。
曽木発電所は明治39年に野口遵によって設立した「曽木電気株式会社」の操業で、当初は牛尾鉱山・大口金山への電力供給と近郊町村への電力・電灯の供給を目的とした電力会社で、創業当時は現在の曽木第二発電所の上流に第一発電所がありました。
その曽木電気株式会社は、水俣市にあった日本カーバイド商会と合併。「日本窒素肥料株式会社(現・チッソ)」となり、
この曽木第二発電所は、大口市の鉱山と日本窒素肥料の工場に送電するために作られた発電所でした。

昭和36年、下流にできた鶴田ダムにより、曽木発電所は廃止され、煉瓦の建屋はダム湖に沈むことになりました。
しかし夏の渇水期は水位が下がり発電所の煉瓦建屋の躯体が姿を表し、その古代遺跡のような幻想的な姿が話題となり、国指定登録文化財に指定され保存整備されました。

曽木発電所2
10年ほど前に撮影した整備前の曽木発電所遺構です。
曽木発電所3
整備前の状況は発電所建屋が半分くらい土砂に埋もれていましたが、
現在は土砂が撤去され掘り起こされています。
曽木発電所5
湖面に面した部分は比較的当時の姿を保っています。
曽木発電所3

曽木発電所6
煉瓦の建屋遺構は、まるで欧州の古城跡か古代遺跡のよう。
曽木発電所4
建屋上部にあるヘッドタンクの遺構。
絵葉書も写ってますが、このアーチ状の穴から建屋へ水圧鉄管が伸び、水を通して発電をしていました。
現在はこのヘッドタンクと水圧鉄管のあった導水路部分も掘り起こされ、再整備しています。

現在の曽木発電所遺構を紹介したサイトです。

古写真・国鉄シキ40形貨車(シキ40)

寝覚発電所11
寝覚発電所工事記録写真の中にあった1枚で、発電所の発電機部品の一部を輸送している古写真です。
輸送している貨車は「国鉄シキ40形貨車」で、昭和4年から昭和20年にかけて42両が生産された車両です。
車体には「シキ40」と書かれており、シキ40形の40番の車両ではないでしょうか。
写真をよく観察しますと、車体に色々書き込みがあり、その中に「水戸驛常備」と書かれており、
水戸駅に所属していた貨車と思われますが、その貨車が遠く離れた長野県の発電所工事の輸送に
使われてます。それは発電機等の機器が日立製作所による製作で、この写真は日立製作所から
搬出されて貨車に乗せられ出発しようと準備している姿ではないかと思われます。

関連記事・古写真・発電所工事の記録写真24枚(寝覚発電所か)

古写真・発電所工事の記録写真24枚(寝覚発電所か)

発電所
以前詳細不明として情報提供を呼びかけていた発電所古写真ですが、
何人かの方から長野県上松町の寝覚め発電所ではとの情報をいただきました。
こちらこちらの現在の寝覚発電所の写真を比べてみますと、建物の外観や
背後の山や地形等によく似た部分が見受けられ、この古写真が寝覚発電所の工事記録写真である可能性が
高いと思われます。

寝覚発電所は昭和13年9月21日に運用開始しますが、24枚の記録写真の最後の写真が上の完成記念写真と思われる
昭和13年9月20日の日付の写真で、年月日的にも符合しております。
それらの点を踏まえて、以下23枚の工事記録写真は寝覚発電所として扱うことにします。

残りの23枚は「続きを読む」から御覧ください。
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