Monthly Archives

 2013年02月 

古書籍・模範住宅二十九種・便利な家の新築集

※建築系の古書籍は別ブログにて紹介していましたが、こちらに統合します。
随時移行していきます。
模範住宅1
主婦之友社 昭和11年
大判の立派な本。主婦之友社発行だけあって、対象になる層は、中流階級の主婦層と見られ、
専門的でない平易な文章と写真を多用して住宅や各部屋を紹介・解説しています。
模範住宅2
写真は豊富で、一目で作例を知ることができます。

作例を紹介している建築家の中には、「ライト式」で名の知られている遠藤新の作品も収録されています。
建築1
遠藤新氏の作品です。
スパニッシュ様式の豪邸で、中流より上流家庭に近い住宅です。
建築2
門から玄関を望む。
建築居間
居間。
建築書斎
書斎。写っているのはこの家のご主人。
建築食堂台所
台所と食堂

遠藤新氏の他にも
今井兼次
今井兼次氏の作品や
山田
山田醇氏の作品も紹介されています。
スポンサーサイト

古写真・福岡県庁

福岡県庁001
写真の右端に福岡県庁と書かれています。
写真はだいぶ色あせて分かりづらいですが、擬洋風建築の様式の庁舎であるようです。
現在の庁舎の前の庁舎が完成したのが明治44年。ルネッサンス様式の瀟洒な庁舎として
知られていた建物ですが、この古写真の庁舎はさらにその前の2代目(初代は藩庁の建物を使用)
の庁舎と思われます。
撮影時期は明治30年代でしょうか。

※関連記事・古絵葉書 福岡県庁

古写真・長崎病院

長崎病院001
写真の右側に「長崎病院」と記述のある古写真です。
恐らく、現在の長崎大学病院の前身の長崎病院かと思われます。
長崎大学病院の始まりは幕末の安政4年の医学伝習所まで遡ります。
明治に入り管轄が幕府から長崎県へと移行したのに伴い、長崎県医学校と改称。
長崎病院という名称になったのは、明治8年からでした。
以後、大正11年に長崎医学専門学校附属医院と改称されるまで長崎病院の名称で使われました。
写真の詳しい撮影時期は不明ですが、背後の風景から浦上地区のように思われます。
長崎病院は明治35年に浦上地区へ移転しており、もし浦上地区移転後の撮影であれば、
この写真は明治35年以降の明治後期ごろの撮影となります。
浦上地区は原爆で甚大な被害を被り、当病院も壊滅的被害を受けました。

古絵葉書・水澤電燈株式会社 柳澤発電所

水沢発電008
現在の岩手県奥州市に明治45年に設立された水澤電燈株式会社は、
大正元年、北上川支流に柳澤発電所を建設しました。
この絵葉書は発電所完成を記念して発行されたものと思われ、
絵葉書には「水澤電燈株式会社開業記念 2・12・25」の記念スタンプが押されています。
(水澤電燈株式会社の開業日は大正2年1月1日)

古写真・長崎居留地

長崎007
長崎市にある現在「どんの山公園」と呼ばれる山から撮影した長崎居留地の古写真です。
ほぼ同じアングルで上野彦馬により撮影された古写真が長崎大学に保管されています。
この写真の撮影時期は分かりませんが、恐らく明治中期頃でしょうか。

幕末の開国以降、日本各地に次々と外国人居留地が造られていきました。
大浦地区を造成して明治2年に完成した長崎居留地は原爆の被害も少なく、
現在も居留地時代の建物や街並みがよく残され、多くの観光客が訪れる場所となっています。

※関連記事
古写真・神戸外国人居留地
<?php include_once("analyticstracking.php") ?>