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 2013年04月 

古書籍・住宅建築図集 合名会社清水組(現・清水建設)

住宅1
合名会社清水組(現・清水建設)刊 昭和10年4月1日発行

清水建設が、明治から昭和8年まで施工を手がけた建築写真作品集。
建築写真227ページ・資料編151ページという大判の書籍で、
建築資料としても一級の本です。
住宅2
巻頭は、渋沢栄一の邸宅が紹介されています。
住宅3
建築作品は明治から始まりこのように紹介されています。
個人の住宅建築ということもあり、冒頭の渋沢栄一邸を除いて
全てイニシャルで表記され、所在地も具体的には書かれていません。
なので、不明な邸宅も多いです。
ただ、華族や博士、大企業の経営者の邸宅がほとんどですので、
調べれば判明するものばかりかと思います。

全てを紹介することはできませんが、京都市内に存在した建築物が幾つか載せられていますので、
それらと、一部気になった作品を紹介します。

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昭和12年の日記にある重大事件の記述(祖父の日記より)

日記1
実家に私の祖父(2009年1月3日逝去)の遺品である古い日記がありました。
祖父は死ぬ間際まで日記を毎日書き続け、その数は数十冊になります。
年が欠けずに残されているのは昭和30年代からですが、
戦前から戦後すぐの日記もわずかながら残っており、
昭和12年・昭和14年(軍人日記)・昭和22年・昭和23年が遺品としてあります。
戦中の時も付けていたと思いますが、戦中・戦後の混乱期の間に失われたものと思われます。
今回は遺された日記の中で一番古い昭和12年の日記の中で記載された重大事件を
紹介したいと思います。

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古書籍・建築写真集第三編

建築写真集1
竹中工務店 編 昭和10年7月 刊

竹中工務店が昭和6年から昭和10年にかけて建設した建物110種を紹介した
建築作品写真集。
建築写真集2

建築写真集3

建築写真集4

関連記事・建築写真集第四編

武田五一邸 (武田五一による自邸の論文より。)

武田001
以前紹介した昭和14年刊の「新時代の住宅建築構造図解」内に収録された
建築家・武田五一の自邸についての論文です。
かつて日本建築協会雑誌に掲載された武田五一の論文が
この本を出版するにあたって収録されたとあります。
14ページにわたって自邸についての建設までのいきさつや各部屋の解説がなされています。
文章全てを引用するのは難しいので、写真と各部屋の解説の概要を紹介します。

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古絵葉書・習志野 永久堡塁(習志野名所)

堡塁007
千葉県船橋市の習志野台にかつてあった演習用の堡塁です。
堡塁とは、敵の上陸に対して迎え撃つための要塞で、日露戦争では旅順要塞などが有名。
国内でも主要軍港の周囲に砲台とともに建設されました。
この習志野永久堡塁は旅順要塞を模して建設されたものですが、防衛施設としてのものではなく、
堡塁の攻略戦の演習のために作られたものでした。
建設時期は日露戦争が終わった後と言われ、日露戦争後にロシアが建設した堡塁を調査・研究し
建設したものと思われます。
しかし、堡塁は砲台とともに航空機の登場によって時代遅れのものとなり、
国内各地の堡塁や砲台も昭和初期には廃止や別の用途に使用されていったため、
この習志野永久堡塁も明治末期から大正期までの建築では無いでしょうか。

戦後もそのまま残され、この永久堡塁は通称「旅順港」と呼ばれ、近所の子供たちの遊び場になってましたが、
昭和37年に住宅団地の建設に伴い埋め立てられました。
公団住宅団地の建設に対しては船橋市が保存の意向を示していましたが、叶いませんでした。
保存が決定していたらと思うと惜しいものがあります。

関連記事・古絵葉書・支那囲壁砲台(習志野名所)

古絵葉書・支那囲壁砲台(習志野名所)

シナ006
この大陸的な外観を持つ建築物は、支那囲壁砲台と呼ばれる建物で、
昭和9年に工兵第1大隊によって建設されました。
中国との緊張が増す中、中国での戦闘を想定した演習を行うために、
中国の砲台を模した施設でした。

この支那囲壁砲台は現在も残っており、民家として使用されています。
2002年に国指定登録文化財に指定されました。

下記のサイトに現在の支那囲壁砲台のレポートがあります。

参考サイト・kanレポート支那圍壁砲台

 
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