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 2013年09月 

古写真・大阪 川口居留地

川口居留地004
居留地とは幕末の開国以降、政府が外国人が生活する場所を指定した区域で、
居留地では洋風建築が建ち並び、外国の文化や風俗が行き交うまさに文明開化の象徴といえる場所でした。
特に幕末から明治初期にかけてはこれまで外国の文化に触れる機会がほとんどなかった日本人にとって
唯一外国の文化を感じられる場所でもありました。
居留地は横浜・神戸・長崎が有名ですが、大阪にも居留地がありました。
現在の大阪市西区川口一帯に設けられた居留地で、川口居留地と呼ばれています。
川口居留地の始まりは慶応4年の開港に始まり、洋風の建物の建築や街路・街路樹・街灯の整備が行われ
洋風の街並みが誕生しました。川口居留地はまさに大阪の文明開化の象徴となり、
大阪の近代化に大きな影響を与えました。
川口居留地は明治32年に廃止され、現在は居留地時代の洋館は残っておらず、
「川口居留地跡」と刻まれた記念碑がひっそりと立っているのみで当時の面影は失われましたが、
その後に建てられた戦前の教会建築等が残されています。

この古写真には、居留地時代の洋館が写されています。
明治初期の居留地等によく建てられた典型的なコロニアル様式の洋館です。
街路は綺麗に整備され、街路樹も植えられてます。
撮影時期の詳細な時期は分かりませんが、「大阪居留地」というタイトルと
街路樹がそんなに大きくないことから、明治10年代から20年代までの撮影でしょうか。

大阪くらしの今昔館という施設に、川口居留地の復元模型が展示されています。
※大阪くらしの今昔館公式サイト
この古写真に写る洋館も有るかと思います。

※関連記事
古写真・長崎居留地
古写真・明治20年代の神戸港(神戸濱手市中)
古写真・川口電信局
古写真・神戸外国人居留地
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古写真・大阪偕行社

大阪偕行社005
偕行社とは陸軍将校の親睦倶楽部のことで、各師団司令部内に置かれました。
この古写真は大阪の陸軍第四師団に存在した偕行社です。
第四師団の設立は明治4年の大阪鎮台を前身とし、明治21年に第四師団と改変されました。
この大阪偕行社の建物は典型的な明治中期の洋風建築で、師団設立の時期に建てられたものと思われます。
また、大阪偕行社は付属の小学校を有しており、陸軍幼年学校を目指す子弟や政財界の上流階級の子供が
通う名門小学校でした。
大阪偕行社の建物は昭和20年の空襲で焼失。付属小学校は追手門学院小学校として受け継がれています。

※関連記事
古絵葉書・第六師団 熊本偕行社

古絵葉書・駆逐艦島風(初代)

島風003
初代の駆逐艦島風は峯風型の4番艦として舞鶴海軍工廠にて建造され、大正9年に就役しました。
公試航海時に40.698ノットの速力の記録を出し、旧日本海軍でも最速を誇る艦でした。
昭和15年に高速輸送艦と言える第一号哨戒艇に艦種変更。
島風の名前は昭和16年に起工し、昭和18年に就役した2代目に引き継がれました。
第一号哨戒艇となった島風は、2代目建造中の昭和18年1月に潜水艦の雷撃を受けて沈没しました。

2代目島風も40.9ノットの速力を記録し、その速力で敵機の攻撃をかわした史実から
島風と言えば2代目が有名ですが、初代も2代目に劣らない速力の持ち主でした。

最近大人気のブラウザゲーム「艦隊これくしょん~艦これ」の人気キャラの
ぜかましちゃんこと島風も初代ではなく2代目がモデルです。
ちなみに私も5月に着任し、横須賀鎮守府組で提督やってますw

データ
排水量:(常)1,345t
全長:97.54m
全幅:8.92m
武装:45口径12cm単装砲4基、6.5mm単装機銃2基、
53cm魚雷連装発射管3基6門、1号機雷16個

古写真・東京医学校本館

東京医学校002
東京医学校は現在の東京大学医学部の前身で、幕末に旧幕府が設立し明治政府が接収した
医学所が始まりです。
中央に時計塔を乗せた擬洋風建築のこの本館は明治9年に建てられたもので、
明治の文明開化を象徴する建物ですが、奇跡的にも関東大震災にも空襲にも被害を受けず、
現在も重要文化財に指定され小石川植物園内に保存されています。
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