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 2015年02月 

古写真・丁型海防艦第8号

海防艦8号001
太平洋戦争末期、船団護衛用の艦艇として大量に建造された小型の戦時急造艦で、本来ならば各艦ごとに
艦名を付けられるところが「海第○号」と番号で呼ばれる艦でした。
丁型海防艦は昭和19年2月28日竣工の第2号をはじめとして、ほぼ1ヶ月から2ヶ月毎に竣工し、
昭和20年7月11日の第204号まで建造されました。
この古写真の第8号海防艦は昭和19年2月29日に竣工しましたが、多くの海防艦が激戦の中沈んでいったのに対し、
終戦まで生きのびて昭和22年7月にアメリカに引き渡された数少ない残存艦でした。

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古絵葉書・二式単座戦闘機 鍾馗 (内外ゴム献納 愛国第2717号機)

二式単座戦闘機 鍾馗
内外ゴムから昭和19年4月に陸軍に献納された二式単座戦闘機で、それを記念して作られた絵葉書です。
二式単座戦闘機は通称「鍾馗」と呼ばれた陸軍の戦闘機で、昭和15年に試作機の初飛行。
昭和16年12月8日の太平洋戦争開戦と共に実験的に実戦投入。
昭和17年2月に正式採用されました。
鍾馗の生産は昭和19年末に終了し、四式戦闘機疾風に受け継がれることになります。
この内外ゴム献納の鍾馗は末期の生産のものになります。

古写真・伏見インクライン (昭和4年刊 京都市政要覧より)

伏見インクライン
京都の琵琶湖疏水のインクラインと言えば現存している蹴上のインクラインが有名ですが、
実は伏見区にもインクラインが存在していました。
伏見インクラインは琵琶湖疏水の本線である鴨東運河からさらに南へと延長した
鴨川運河が完成した明治28年に同じく完成しました。
蹴上インクラインの完成から4年後のことであり、鴨川運河による伏見への水運に用いられ、
最盛期には1日100隻の船が利用したとのことです。
しかし、昭和18年には運用休止。その後昭和34年にはレールや電気設備が撤去され、
現在は舗装されて道路となりインクラインの面影は失われてしまいました。
しかし、インクラインそばの疏水を利用した発電所や船溜まりは現在もその姿を見ることができます。
この写真は私の所有する昭和4年に刊行された京都市政要覧に掲載された
伏見インクラインの古写真でまだ現役だった頃の撮影です。

古写真・東京 愛宕山 愛宕館 愛宕塔

愛宕山 愛宕館001
現在NHKのある愛宕山にはかつて愛宕館と愛宕塔という洋館が建っていました。
愛宕館と愛宕塔は明治22年の建築で、愛宕館は伊藤為吉の設計。愛宕塔は平野勇造の設計と言われています。
愛宕館はホテル兼西洋料理店で、5階建ての愛宕塔は内部は物品販売所となっており、
最上階は展望室で望遠鏡も備えてあったそうです。
明治前期より東京の観光名所として人気を集めていた愛宕館と愛宕塔ですが、
大正12年9月1日に発生した関東大震災によって倒壊、焼失しました。
参考サイト

古絵葉書・経国銀行本店改築記念

経国銀行001
経国銀行は東京にあった銀行で、明治32年に設立した新橋銀行が明治44年に改称されたものです。
しかし、大正13年に消滅。14年あまりの短い営業でした。
この絵葉書は経国銀行の本店を改築した記念に発行されたもので、
銀行名が改称されてから間もない頃に本店が改築されたのでしょうか。
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