Monthly Archives

 2015年04月 

古書籍・工事年鑑 皇紀ニ五九九

工事年鑑1
株式会社清水組 編 昭和14年刊
清水組(現・清水建設)が昭和14年に手がけた建築の作品集。
工事年鑑2
工事年鑑3
第一生命館や原邸など代表的な建築も掲載されています。
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古書籍・商店住宅建築図説

商店住宅1
三橋四朗 著  大倉書店 刊 明治41年5月30日初版 大正2年9月28日 第4版
商店住宅2
商店住宅3
商店建築の構造や設計について記した本。
本の後半には商店建築の見本として立面図と平面図を載せています。

古写真・横大路発電所(京都市政要覧 昭和4年刊より)

横大路発電所
昭和4年刊の京都市政要覧に収録されている写真です。
琵琶湖疏水による水力発電の電力を補うため、京都市が伏見区横大路に設立した火力発電所で、
大正14年5月に竣工しました。
現在、横大路には関西電力の変電所がありますが、この横大路発電所は現在の変電所の場所に
あったのでしょうか。

古写真・市立京都病院(京都市政要覧 昭和4年刊より)

京都病院
昭和4年刊の京都市政要覧に収録されている写真です。
市立京都病院は大正4年京都市中京区西院東高田町に設立した病院で、
明治22年に設立した吉田病院の後身です。
吉田病院は市内の伝染病患者の収容をしていた病院でしたが、
移転後の市立京都病院でも伝染病患者の収容が行われました。
現在は京都市立病院として同じ場所にて開院しています。

古写真・下京区役所(京都市政要覧 昭和4年刊より)

下京区役所
昭和4年刊の京都市政要覧に収録されている下京区役所の写真です。
京都市下京区は上京区と同時期の明治12年に設立しました。
この庁舎は大正7年6月25日に完成。未だ明治・大正期の面影が残る木造の庁舎でした。

古写真・上京区役所(京都市政要覧 昭和4年刊より)

上京区役所
昭和4年刊の京都市政要覧に収録されている上京区役所庁舎です。
京都市上京区は明治12年に設立しました。
この庁舎は明治43年3月31日完成で、下見板張りのいかにも明治期と言ったデザインです。
その後、昭和12年に鉄筋コンクリートの近代的な庁舎に建て替えられて近年まで使用されていましたが、
新庁舎に建て替えられました。

古写真・艦上爆撃機 彗星

艦上爆撃機 彗星001
艦上爆撃機・彗星は、従来の九九式艦上爆撃機に代わる機体として昭和16年に運用開始されました。
性能は優れ、当時有数の速力を誇る機体であったため、大戦中を通じて諸戦で活躍しましたが、
大戦末期には他の機体と同様、特攻に使用されました。
この彗星の古写真は、昭和19年9月20日付発行の読売新聞の報道写真で、
新聞もしくは雑誌に付録として付いていたものと思われます。
欄外に
「決戦迫るいま、南海の空に新威力を加へたわが新鋭艦上爆撃機は、敵機動部隊を索めて猛然と往く」
という文章がありますが、昭和19年6月19日に起きたマリアナ沖海戦のことでしょうか。
艦上爆撃機 彗星002
※サムネイルのクリックで画像が大きくなります。
艦載機の垂直尾翼には所属部隊の番号が書かれており、この彗星にも番号があります。
ただ、元写真の画質自体が荒く、拡大してもはっきりとは読めません。
かろうじて「●●-2●2」まで読めましたが、黒丸部分は判別不能です。
マリアナ沖海戦時に彗星を運用していた空母は、大鳳・翔鶴・瑞鶴・隼鷹・飛鷹・龍鳳。以降なら瑞鶴・隼鷹・龍鳳
のようですが、所属番号がはっきりしないため不明です。
お分かりになる方はご教授お願いします。

古絵葉書・陸軍歩兵第九連隊(大津時代)

歩兵第九連隊001
歩兵第九連隊は明治7年に大阪にて編成され、明治8年に大津市に移駐しました。
以来、日清・日露の戦争を戦い抜きましたが、大正14年の宇垣軍縮により京都の伏見に移駐が決定。
郷土の誇りであり重要な経済基盤であった第九連隊の移駐は地元市民からの反対も根強く、
結果、第三大隊が残ることになりました。
現在、連隊の跡地は大津商業高校となり、当時の建物等は失われています。
最初の絵葉書は連隊本部の建物。
歩兵第九連隊002
大津練兵場。
第九連隊の駐屯地前にあった練兵場。跡地は現在、皇子山総合運動公園となっています。
歩兵第九連隊003
将校集会所より兵営と琵琶湖を望む。
将校集会所は連隊内の将校クラブの施設ですが、どこの連隊もやや小高い場所に建てられていました。
兵舎はロの字に配置され、真ん中に営庭が作られていますが、現在の大津商業高校のグラウンドと
同じ位置のようです。

古絵葉書・日本動産火災保険京都支部、東邦火災保険京都支店新築落成記念

日本動産火災保険株式会社京都支店001
日本動産火災保険株式会社京都支部と東邦火災保険株式会社京都支店の社屋新築を記念して
発行された絵葉書です。現状では3枚セットとなっています。
日本動産火災保険は大正3年設立、東邦火災保険は明治44年の設立ですが、
昭和19年に東邦火災保険は日本動産火災保険に吸収合併されました。
2004年に東京海上火災保険と合併して現在の東京海上日動火災保険株式会社となりました。
この絵葉書の建物はは2社の京都支店が入居する新社屋ですが、昭和19年より以前の
作成と思われます。合併前からそれを伺わせる雰囲気があったのでしょうか。

中身の3枚は追記にて紹介します。
続きを読むからご覧ください。
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古絵葉書・横浜海岸(明治手彩色絵葉書)

横浜海岸001
明治後期頃に作られたと思われる手彩色の横浜海岸通りの絵葉書です。
左の高い塔を持つ木造の建物は明治29年竣工の神奈川県測候所。
左端に少し写る煉瓦建築の洋館は神奈川県港務局。
ともに関東大震災で焼失しました。
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