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 2015年10月 

古絵葉書・生野鉱山発電所

生野鉱山発電所001
銀山として有名な生野鉱山で事業用に使用されていた水力発電所です。
運用は大正8年。絵葉書の建屋は建て替えられましたが、つい最近まで煉瓦風の新しい建屋があったようです。
しかし、現在はその建屋も撤去されており、導水管と「三菱マテリアル 生野発電所」の石碑のみ残されています。

関連記事・古写真・生野鉱山局
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古絵葉書・綾部 山家橋

山家橋001
京都府綾部市山家地区は山家藩1万石の領地として廃藩置県まで存続し、明治以降は京都府に編入。昭和25年に綾部市へ編入しました。その山家地区の中心地に明治45年鋼製アーチ橋が架けられました。それがこの絵葉書の山家橋で、由良川に架かる長大な鋼鉄のアーチ橋は山間の田舎町にとって名所とも言うべき橋となりました。しかし、昭和28年の由良川の洪水で惜しくも流失。現在は新たに橋が架けられていますが、もし現存していたら同じ綾部市内にある由良川大橋と並び貴重な近代化遺産として由良川大橋と同じく国指定登録文化財に指定されていたかもしれません。
奥の高台に建つ大きな建物は山家小学校。明治初期創立からの歴史ある小学校でしたが、2004年に口上林小学校と統合して東綾小学校となりました。また、絵葉書に写る校舎も1989年に取り壊されました。小学校左に建つ寺院は現在もその場所に建つ照福寺です。

古写真・艦上爆撃機 彗星

彗星001
彗星は太平洋戦争後期に活躍した艦上爆撃機で、昭和15年に試作機が完成し昭和18年から量産を開始され、各地の戦闘にて活躍しました。
彗星は高速を誇る爆撃機でこれまでの海軍の主力艦爆だった九九式艦上爆撃機に代わる機体として最終的に2253機生産されました。
この古写真は、読売新聞ニュースの葉書サイズの焼付版です。
1枚目は敵艦隊発見の報を受け地上基地より離陸する彗星隊で、「敵機動部隊現はる!の報に間髪を入れず、われ先にと基地を飛び立つ海軍新鋭機」のキャプションがあります。昭和19年5月28日発行の日付があり、この日より1ヶ月か2か月前の撮影でしょうか。
艦上爆撃機 彗星001
こちらは以前紹介した彗星の写真。同じ読売新聞ニュース焼付版のもの。
キャプションに「決戦迫るいま、南海の空に新威力を加へたわが新鋭艦上爆撃機は、敵機動部隊を索めて猛然と征く。」とあります。
昭和19年9月20日の発行の日付があります。
彗星002
「写真は決戦場比島の空めがけて突っ込んでいく快速比なき新鋭艦上爆撃機"彗星"の見事な大編隊である。」のキャプションのある2枚目。発行日は昭和20年1月5日となっており、この頃には彗星という名前が一般的に使われていたようです。
キャプションと日付から、写真は昭和19年12月26日に起こった礼号作戦の時の撮影でしょうか。
現在、アメリカや靖国遊就館に実機が保存されています。

古絵葉書・生野町公会堂

生野町公会堂001
現在の兵庫県朝来市生野町にあった公会堂です。外観は戦前の地方都市の公共建築によく見られた下見板張りの洋風デザインですが、内部は格天井に床の間と違い棚、花頭窓のある平書院という伝統的な和風建築である書院造の内装になっています。
この生野町公会堂ですが、同じく戦前に存在した旧生野町役場と外観のデザインが良く似ています。
生野町役場001
以前紹介した生野町役場の絵葉書です。軒回りの格子のデザインや下見板張りの外壁などそのままですが、さらに左奥に写る1階にある切妻屋根の庇が生野町公会堂の入り口とほぼ同じのように見え、窓の配置や建物周りの石柱柵も同じです。
情報が見つからないので確定はできませんが、恐らく生野町役場と生野町公会堂は同じ建物で、1階が役場2階の大広間が公会堂として使用されていたのではないかと思われます。

※関連記事 古絵葉書・生野町役場

古絵葉書・久美浜公会堂

久美浜公会堂001
京都府京丹後市久美浜町にある久美浜公会堂です。昭和5年の建築。
久美浜公会堂は現在も公会堂として使用されており、近年オリジナルの姿を保ったまま修復されました。
規模は小さめなものの、地方都市に残る近代和風建築として貴重な存在です。
こちらのサイトに修復後の久美浜公会堂の外観と内部の写真が紹介されています。
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