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 2015年11月 

古絵葉書・京都市医師会館

京都市医師会館001
大正13年完成の建物で、設計は武田五一。京都市上京区丸太町通智恵光院にありました。
戦後、飲食チェーングループの春陽堂が事務所として使用していましたが、2007年に取り壊され、
後、春陽堂も倒産しました。
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古絵葉書・園部常設家畜市場

園部常設家畜市場001
大正2年に園部町若松地区にて開設された家畜市場です。
毎月9日にはせりが行われ、その日は周辺も含め活気づいたそうです。

古絵葉書・出征将兵後援絵葉書(5枚組)

出征将兵後援絵葉書001
戦時中の日本では銃後の守りとして軍を支援する団体が多く誕生しました。この絵葉書を発行した愛国恤兵財団助成会もその一つで、陸軍省・海軍省・内務省の後援団体であり、陸海軍軍人の援護を目的とした団体のようです。
この愛国恤兵財団助成会が戦地の兵士の援護を目的として発行されたのが「出征将兵後援絵葉書」で、袋には「この絵葉書の売上純益は国防献品に充てます」とあり、売り上げが戦地の兵士の慰問品等に使われたようです。
絵葉書のイラストは当時人気を博していた画家やイラストレーターが担当しています。
出征将兵後援絵葉書002
袋の裏面。絵葉書の使用権についての規定が書かれています。
以下、絵葉書を紹介していきます。続きを読むからご覧ください。
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古写真・簡易宿泊所 錦林浴場(京都市政要覧 昭和4年刊より)

簡易宿泊所・錦林浴場
簡易宿泊所は七条職業紹介所の隣に造られ、職業紹介所にやってきた無職の人を対象に1人1泊限りで満14歳以上は1泊20銭、満14歳未満は1泊10銭の前払いで提供していたようです。
生活の厳しい人を対象に簡易食堂のカレーライスの代金よりちょっと多めの料金という格安の料金で宿泊させていた公設の宿泊所ですが、写真を見る限り洋館の中々立派な作りですね。ちなみにお金を持たない人には隣接の職業紹介所の宿泊室を無料で提供していたようです。
錦林浴場は京都市が昭和3年に鹿ケ谷に開設した公設浴場の一つで、他に大正12年開設の東七条の崇仁浴場と上京区田中馬場町の養正浴場があり、これらは市街地からやや外れた銭湯が少なかった地域に設立したとあります。
営業は各地域の青年団や地区会に委託していたとあり、代金は崇仁浴場と養正浴場は大人2銭・子供1銭。錦林浴場は大人3銭・子供2銭とあります。
写真は錦林浴場ですが、洋風のモダンな造りの建物で錦林浴場が他の2つより入浴料がやや高いのは、新築だったこととそれにより新しい設備を導入したためでしょうか。

古写真・七条簡易食堂 中央簡易食堂(京都市政要覧 昭和4年刊より)

簡易食堂
昭和4年刊の京都市政要覧に収録されている写真です。
京都市が単身者や諸事情により家庭にて食事ができない中流以下の人を対象とした公営の大衆食堂です。
京都市政要覧によると、大正7年に壬生にて試験的に壬生食堂なる市営の大衆食堂を開設していたが、
中々の評判だったため、大正11年に建設された七条職業紹介所内に七条簡易食堂を開設し、
さらに大正14年に千本丸太町にあった中央職業紹介所に隣接して中央簡易食堂を新築したとあります。
いずれも職業紹介所に隣接して作られていることから、職探しに来た人を目当てに開設されたのかもしれません。
今でこそ多種多様な飲食店が多いですが、大正昭和初期は恐らく街中至る所にあったわけでもないでしょうから、
公営の大衆食堂が作られたのかもしれませんが、それでも当時から福利厚生がしっかりしてたのは驚きです。
ちなみに、この簡易食堂は市の委託を受けた業者が営んでいたようで、本によると、通常営業時間は午前7時から午後7時まで。夏季は午前6時から午後8時まで。朝定食は13銭。昼・夜定食は15銭。お代りのご飯大10銭。小は5銭。肉丼25銭。副食物5銭。漬物5銭。焼物15銭。カレーライス15銭。コーヒー5銭。冷麦15銭。ソーダ水5銭となっています。
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