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 2016年02月 

古写真・皇土を護る北辺の荒鷲(北海道方面の陸軍機か)

北方迷彩陸軍機001
昭和19年6月4日付の読売ニュース焼付版に紹介されている雪中の陸軍機です。
大戦末期らしいまだら迷彩となっており、尾翼近くに白帯があります。
写真には、「晩春といふに未だ解けやらぬ深雪と闘って皇土を護る北辺の荒鷲。見よ!迷彩も鮮やかに鉄桶の護りに羽搏く逞しき翼を」とキャプションがあります。
皇土ということは日本本土の航空隊でしょう。また晩春なので4月下旬。その時点でまだかなり雪が積もっているということは北海道の部隊と思われます。
当時北海道を担当していたのは第1飛行師団。その所属部隊と思われますが尾翼に部隊マークがないので分かりません。
分かる方はご教授をお願いいたします。
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古絵葉書・京都府立亀岡農学校

亀岡農学校001
大正12年に郡制廃止により南桑田郡立実業学校は京都府に移管され、京都府立亀岡農学校となりました。
この絵葉書は京都府移管後のもので、絵葉書の様式から昭和初期頃と思われます。
亀岡農学校の本館は南桑田郡立実業学校時代のものをそのまま引き継いでますが、本館の前に新たに建物が造られています。
亀岡農学校は戦後に亀岡女学校を前身とする京都府立亀岡高等学校と合併し、現在の京都府立亀岡高等学校となりました。

※関連記事 南桑田郡立実業学校

古絵葉書・南桑田郡立実業学校

南桑田郡立実業学校001
大正8年に現在の亀岡市に開校した学校です。
大正12年の郡制廃止により京都府に移管。京都府立亀岡農学校となりました。
戦後、京都府立亀岡農業高等学校となりましたが、昭和23年に亀岡女学校の前身である京都府立亀岡高等学校と合併し、現在の京都府立亀岡高等学校となりました。
この絵葉書は郡制廃止前の実業学校時代のもので、この本館はそのまま亀岡農学校へと引き継がれています。

※関連記事 古絵葉書・京都府立亀岡農学校

古絵葉書・大礼記念京都美術館竣功記念絵葉書

京都市美術館001
現在も現役で使用されている京都市美術館は昭和8年に昭和天皇即位の礼を記念して建てられた美術館で、公立美術館としては東京都美術館に次いで2番目に開館した美術館でした。
設計は京都市営繕課の前田健二郎。コンペにおいて日本趣味を基調とすることを条件とした設計を求められ、前田健二郎案が採用されました。近代的な洋風建築の屋根に日本風の千鳥破風屋根を設け、建物の各所に和風の衣装を散りばめた様式は「帝冠様式」と呼ばれ、日本趣味・国粋主義が広まり始めた昭和初期に良く建てられた様式の建築で、この京都市美術館は帝冠様式の代表作として知られています。
この絵葉書は当時大礼記念京都美術館として開館した京都市美術館の竣工を記念して発行されたものです。
京都市美術館002
大礼記念京都美術館外観。現在の京都市美術館と全く同じ外観で当時のまま使われています。正門の門柱も現在も当時のままで、京都美術館の文字にうっすらと「大禮記念」の文字が残されています。
美術館前の掲示板も建設当時のままで、本館だけでなく付属の建造物もそのまま使用されているのは珍しいです。
また、隣接する同じく昭和8年完成の事務所棟も当時のまま使用されており、美術館一帯の雰囲気が昭和8年当時のまま保たれています。
京都市美術館003
正面玄関のエントランス。
建物内部の顔といえるエントランスも外観に合わせた和風を基調としたデザインで、階段は大理石製の豪華なものです。
この玄関部分も当時のまま残されています。
京都市美術館004
陳列室。
陳列室は主役である展示物の美術品を引き立たせる必要があるため、内装は極めてシンプルになっています。
京都市美術館は改修はされているものの、外観も内部もほぼ当時のまま残されている建物で、東京都美術館が建て替えられている現在において現存する最古の公立美術館として貴重な建築物です。
京都市は京都市美術館再整備基本計画において、公立美術館として現存日本最古となる京都市美術館本館の将来的な文化財指定を目指し保存を決定。また同じ年に完成の事務所棟も改修し転用することを発表しました。
※京都市美術館再整備基本計画(PDFファイル)

古絵葉書・周山尋常高等小学校

周山小学校001
周山尋常小学校は現在の京都市右京区京北町周山にあった小学校です。
明治6年に周山村にあった篠山藩の藩役所跡地に校舎を設けたのが始まりで明治35年に周山尋常小学校となりました。
は移り平成11年、周山小学校は細野小学校・宇津小学校と合併し京北町立京北第一小学校となり、平成17年には市町村合併による京都市への編入により京都市立京北第一小学校となりました。

古絵葉書・浜松市役所

市庁舎001
※グズグズ様より情報をいただきました。
昭和27年完成の浜松市庁舎です。浜松大空襲で先代庁舎が焼失し、バラックの仮庁舎だったものを新築移転したものです。
戦後の発行の絵葉書ですが、宛名欄は戦前の様式となっています。
戦後になったからといってもすぐには絵葉書の様式が変えられない例もあったという資料となります。

古絵葉書・丹後由良小学校本館

丹後由良小学校001
宮津市由良地区にあった由良小学校は明治6年創立の小学校です。
絵葉書の本館は大正13年4月13日に完成。小学校の本格的な洋館は当時由良村だった地区内においてシンボル的な存在だったと思います。
この絵葉書は様式から大正から昭和初期頃と推定され、本館が完成して間もないころの撮影と思われます。
由良小学校は2013年3月23日に閉校し140年の歴史に幕を閉じました。
由良小学校跡
現在の由良小学校跡地の正門付近。
※GoogleMAPストリートビュー画像より引用。
石造の正門の門柱と塀は大正時代の絵葉書当時のまま残されています。
絵葉書に写る日露戦争の戦勝を記念した「明治三十七八年戦勝紀念碑」と奉安殿は現存していません。
戦後間もなく撤去されたものと思われます。

※関連記事 古絵葉書・宮津 丹後由良全景
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