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 2016年06月 

古絵葉書・水上機母艦 能登呂

水上機母艦 能登呂001
能登呂は元々給油艦として大正9年に竣工した艦で、大正13年に水上機母艦へと改装。給油機能もそのまま残され、以降は水上機母艦兼給油艦として日中戦争に参加。大戦中は輸送艦として使用されましたが、雷撃で被害を受け修理されることもないままシンガポールにて終戦を迎えました。
能登呂と同じように給油艦から水上機母艦へと改装された艦としては若宮・神威があります。
千歳型水上機母艦からは最初から水上機母艦として設計・建造されました。
この絵葉書には「(日支衝突上海事変)上海湾頭を〇する我航空母艦能登呂の威容」とキャプションがあり、1932年の第一次上海事変に参加した際の能登呂の姿を撮影したものです。
大戦中は軍艦の作戦行動に関しては軍機扱いで具体的な場所は検閲で伏字をされていたのが当たり前でしたが、この時期はそこまで厳しくはなかったのでしょうか。

※データ(水上機母艦改装時)
排水量:(常)15,400t
全長:138.68m
全幅:17.68m
最大速力:12.0kt

武装: 45口径12cm単装高角砲2基、40口径7.6cm単装高角砲2基(ただし平時は台座のみ)
水上偵察機8機搭載
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古写真・鐘紡福知山工場(昭和11年版 天田郡志資料より)

鐘紡工場1
天田郡志資料 昭和11年版より。
かつて福知山駅の南側一帯に存在した鐘紡の工場です。古くより養蚕業が盛んだった福知山・綾部地域において、すでに隣町の綾部市には郡是製糸株式会社が存在し、大正9年には福知山にも郡是福知山工場が設立されましたが、新たな製糸工場として大正10年に福知山に誘致されました。
以後戦前戦後を通じて福知山市内でも郡是製糸と並ぶ大製糸工場として稼働しました。
鐘紡工場2
鐘紡福知山工場に設置された時鐘。当時はこの半鐘を鳴らして始業時間や昼休み、終業時間を知らせていたんですね。
戦時中は海軍に接収され軍需工場として稼働しましたが戦後再び鐘紡の繊維工場として再稼働。
高度経済成長期になると繊維業が衰退をし鐘紡も化粧品関連や食品関連の事業が主となりました。
30代以上には懐かしい「ねるねるねるね」などの遊びながら食べられるお菓子で知られています。
この福知山工場もそちらに転換し、私の子供の頃に「カネポウ食品」と書かれた看板があったのを覚えています。
しかし、バブル崩壊以後の経営難で粉飾決済が繰り返され債務超過となり経営破綻寸前となったカネボウは会社の解散を決定。各グループ会社は独立し日用品・医療品・食品部門の事業を引き継いだ新カネボウグループがクラシエホールディングスとして存続しました。
かつてのカネボウ福知山工場も現在はクラシエフーズ福知山工場として同じ場所で稼働していますが、設立当初の大正期の建物は残されていないと思われます。

古絵葉書・二式水上戦闘機

二式水戦001
二式水上戦闘機・二式水戦は日本海軍が開発した水上戦闘機で、零戦11型をベースに水上機としての再設計や改良を加え、昭和17年に正式採用されました。
水上機であるために零戦より速力・上昇力・航続距離は落ちたものの、旋回能力は零戦の能力を受け継ぎ、水上戦闘機としては申し分ない機体となりました。
量産された二式水戦は南方戦線に主に配備され、広大な飛行場が建設できない島々の基地で滑走路なしに水面から直接飛び立てる二式水戦は重宝されました。しかし、やはり通常の戦闘機に対しては不利であったため、戦闘機以外の敵機に対しての迎撃に用いられました。
二式水戦は総生産数327機で昭和18年9月に生産終了。終戦時には24機残存していたようですが、全て破棄され現存している機体はありません。
2015年6月、ミクロネシア連邦チューク州ウエノ島近海の海底に沈んでいる二式水戦が発見され、写真に収められました。
ねとらぼ・海に沈んでいた日本海軍の「二式水戦」が撮影される 
絵葉書の二式水戦は主翼前部にオレンジの塗装、機体上部前面に暗緑色、機体側面に白縁の日の丸が描かれています。
これは昭和17年1月15日に制定された「軍用機味方識別に関する海陸軍中央協定」によるもので、他の軍用機にも同じ塗装がされたものです。

古絵葉書・蹴上浄水場沈殿池

蹴上浄水場004
京都市の蹴上地区にある蹴上浄水場の沈殿池です。
蹴上浄水場は明治45年に琵琶湖疏水の水源を利用した浄水場で、日本初の急速ろ過式浄水場でした。
浄水場内の赤煉瓦の施設は琵琶湖疏水の設計をした田邉朔郎による設計でした。
絵葉書は完成間もないころの蹴上浄水場と思われます。浄水場の右奥にはインクラインが見えます。
明治45年建設の蹴上浄水場の施設は近年まで現役で使用されていました。
蹴上浄水場002
今から20年くらい前に撮影したろ過池建屋。
蹴上浄水場003
旧ポンプ室と旧制御室。
これらの建物は老朽化のため取り壊されてしまいました。
蹴上浄水場5
唯一残されたのが第一高区配水池のこのヨーロッパの城門風の煉瓦建築。
この建物と反対に位置する煉瓦建屋は歴史的建築物として保存が決まり、配水池の修復工事の際に曳家され補強工事を受けています。
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