冊子・大丸を中心とせる京都名所案内鳥瞰図(昭和3年・吉田初三郎)

大丸を中心とせる京都名所案内鳥瞰図ブログ用
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数多くの鳥瞰図を制作し、「大正広重」と称され人気を博した吉田初三郎の大丸を中心とした京都市街の鳥瞰図です。
昭和3年当時、太秦辺りは住宅などが全然ありませんね。全く無かったわけではないですが。太秦駅は1989年開業なので、当時はまだありません。
大丸
鳥瞰図の中央に大きく描かれた大丸京都店。大丸京都店は昭和3年に完成。設計はヴォーリズ建築事務所。完成当初の大丸京都店は外観・内部とも贅をつくした装飾が施され、近年解体された同じヴォーリズ建築事務所設計の大丸心斎橋店に匹敵する豪華さでしたが、戦後南面と西面は平坦な外壁に改装。唯一東面のみ当時の面影が残されていましたが、それも数年前の大改修で失われてしまいました。現在内部のごく一部に当時の面影が残されています。
この鳥瞰図は大丸京都店の完成を記念して発行されたものと思われます。
二条城
昭和3年は京都において昭和天皇の即位の礼が行われた年であり、京都市内では大礼記念の博覧会が行われました。会場は現在の京都国立博物館が南会場、岡崎公園が東会場、二条城の北西にあった京都刑務所跡地が西会場となりました。西会場は現在住宅地となり、会場の一部だった児童遊園地の敷地は博覧会終了後の昭和6年に二条児童公園として開園。現在の二条公園となっています。
さて、描かれた二条城ですが、四隅に隅櫓が描かれていますがこれは間違っています。二条城の隅櫓のうち、北東と北西の隅櫓は天明の大火で焼失して以後、再建されることはありませんでした。なので、鳥瞰図に描かれている北側の隅櫓は間違いとなります。また、西側には西門があり鳥瞰図には大規模な櫓門として描かれてますが、西門は東大手門や北大手門のような大規模な櫓門ではなく、小規模な埋門であり、この図は間違ってます。
吉田初三郎は鳥瞰図を描く前に事前に現地を徹底して下見と取材を行い、正確に描くことに努めたそうですが、二条城といった有名な名所でこんな間違いをするのは不自然です。もしかしたら二条城を立派に見せるためにあえて「盛った」可能性があります。
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