祖父の軍人日記(昭和14年10月3日から昭和15年1月1日まで)

軍人日記表紙003
祖父の軍隊時代の日記の3冊目の記事です。
祖父は青年学校を中退後、志願兵として陸軍歩兵第20連隊に入営し、一等兵に昇進後、下士官候補者として中隊から教育隊に編入。上等兵から伍長勤務上等兵を経て下士官教育を受けるために仙台陸軍教導学校に入校。卒業後下士官として敦賀の連隊に配属され、曹長として終戦を迎えるまで6年間の軍隊生活を送りました。
日記034
上等兵時代の祖父
※上等兵時代(伍長勤務上等兵)の祖父。
現在、昭和12年の青年学校時代の1冊、昭和14年1月12日の入営から昭和15年7月13日の仙台陸軍教導学校入校前日までの4冊の計5冊の戦前の日記が残されています。
今回は祖父が上等兵に進級した下士官候補生時代の昭和14年10月3日から昭和15年1月1日までの日記を紹介します。毎日日記はつけてますが全てを紹介しきることは出来ませんので、いくつか抜粋して紹介します。

※関連記事
祖父の軍人日記(昭和14年1月12日から5月30日まで)
祖父の軍人日記(昭和14年5月31日から10月1日まで)
祖父の軍人日記(昭和15年1月1日から昭和15年7月13日まで)

続きを読むからご覧ください。
※各画像はサムネイルのクリックで拡大します。
日記001
昭和14年10月3日。祖父の軍人日記3冊目最初のページ。擲弾筒の演習。米兵が「誤った」使い方をして大怪我したとかよく言われるアレですね。
日記002
昭和14年10月4日。通信の学科。電話機の構造について教官から問われたが答えられず、通信の学科は楽だと聞いていたのに・・・と落胆しています。
日記003補充兵逃亡
昭和14年10月6日。射撃の動作が機敏で班長殿から称賛され大分得意になってます(笑)
昭和14年10月7日。「カブ家?」という補充兵が逃亡。やはり一定数の逃亡兵がいたようです。
日記004逃亡兵連行
昭和14年10月8日。逃亡兵は家にいたようで連行。逃亡兵は重罪となります・・・
昭和14年10月9日。長田野演習場は歩兵第八連隊が使用していたため使用できず。歩兵第8連隊は大阪市の連隊ですが、「またも負けたか八連隊それでは勲章九連隊(9連隊は京都市の連隊)」と謡われるほど弱い連隊と言われてましたが、実際はどうだったんでしょう?
日記005綾部製糸の女工・女学生見学
昭和14年10月14日。綾部製糸の女工さんと女学生が連隊を見学。綾部製糸は大正2年に設立しましたが、経営難で昭和2年に新綾部製糸に改編されています。男ばっかりのむさ苦しい連隊に若い女性がやって来て華やいだことでしょう。
日記006
昭和14年10月15日。実家にて松茸を食う。今では高級食材の丹波松茸。当時は普通に食えたんですね。そういえば、長田野での演習でついでに松茸狩りも行われ、しばらく晩飯が松茸ばかりで飽き飽きしたという話を聞いたことあります。
昭和16年10月16日。梅本と久しぶりに酒保で楽しく飲み食い。梅本さんは同期か後輩ですかね。
日記007酒保にて映画説明
昭和14年10月18日。家のことで何か嫌なことでも思い出したのか、酒保で映画説明を開いたとありますが、映画説明ってなんでしょうね。
日記008畑中軍曹
昭和14年10月19日。笑っていて教官から大目玉。態度が悪いから仕方ないですね。そして、新しい下士候の班長として畑中軍曹が着任するとのことですが、「相当キツイソウダ」と着任前から戦々恐々のようです。
昭和14年10月20日。前任者となる内藤軍曹の送別。厳しい班長だったと思いますが、別れるとなるとやはり色々思うことがあり寂しかったようです。
日記013滋賀饗庭野?にて演習琵琶湖が見える
昭和14年10月27日。滋賀県の饗庭野演習場への遠征。列車の窓から見える琵琶湖に感激しています。後、当時はまだ自動車が珍しかったんでしょうか。「ガソリンカー」について書いてます。
拳銃の手入れについて書いてますが、普通一等兵は拳銃の所持携帯は出来なかったはず。下士官候補者だからだったのでしょうか。
日記014舞鶴重砲兵連隊が来る
昭和14年10月31日。饗庭野演習場に舞鶴重砲兵連隊が演習に来ていたようです。広い演習場が舞鶴には無く、海兵団や陸戦部隊は長田野演習場で演習をしていましたが、重砲を発射できる演習場となると饗庭野まで遠征しなければいけなかったのでしょうね。洗濯演習は・・・普通に洗濯ですね。多分。
日記016青野原演習場へ出発
昭和14年11月9日。青野原演習場へ。青野原演習場は兵庫県小野市・加西市・加東市にまたがる演習場。日を置かず色んな演習場へ遠征に行ってますねぇ。
日記019
昭和14年11月21日。独立歩兵第二十二大隊へ行くものを見送る。独立歩兵第22大隊は第62師団の隷下の部隊で、編成は敦賀でしたが、当時は日中戦争で中国大陸に駐屯していた思われます。太平洋戦争末期には沖縄にあり、激戦地として知られる嘉数の戦いに参加しています。
昭和14年11月22日。連隊銃剣術大会で優勝もしくは2位だったものは外出を許され、祖父も実家に帰省しています。何気に優勝もしくは2位を取っているのが凄いですね。
日記020木村屋で喫茶
昭和14年11月23日。実家での起床。午前中はゆっくりして午後は木村屋とい店で友人と茶を飲んだとあります。喫茶店ですかね。
日記021軍旗祭
昭和14年11月25日。軍旗祭。祖父は堀百商店にテントを借りに行ったようですが、テントくらい連隊内に保管されていなかったのでしょうか。
昭和14年11月26日。大江山と三岳山に初冠雪。軍隊に入営して初めての初雪となりますか。
日記023ビンタされ腹が立つ
昭和14年11月29日。晩飯の時に班長殿の飯をつごうとしたら班長殿の食器が見当たらず、探して回ったけれど結局班長殿から単独でビンタを食らい腹が立ったと書いてます。検閲される建前上「少々」と書いてますが、よっぽど腹立たしかったのか書き殴っており、「字ヲ丁寧ニ書ケ」と赤ペンで添削されています(笑)
日記024勝手に竹を切り叱られる
昭和14年12月2日。週番下士官からの命で竹を切りに行ったが宛もなく、グラウンドの竹を切っていたら持ち主に見つかり相当怒られたようです。恐らく民間の所有地だったのでしょうが、軍隊とはいえ勝手に切ってたら怒られますな。しかし何のために竹が必要だったのだろう。
日記026戦没者告別式
昭和14年12月4日。坪井大尉以下60柱の告別式。祖父は告別式の要員として遺族に花を渡したりしていたようですが、花を渡す際は何とも言えない気分で涙が出たと書いてます。祖父は徴集ではなく志願による入営でしたが、それでもやはり人の子。こういう感情も沸いてくるものです。
日記027久しぶりに気持ち良い風呂
昭和14年12月5日。久しぶりに良い湯の風呂。「毎日コンナ湯ガホシイモノダ」と書いてますが、上等兵候補者・下士官候補者の兵は一般の兵よりも多くの訓練や学科が与えられ、ゆっくり風呂に入る暇も洗濯する暇もなかったらしく、兵舎内は「独特の」臭いが充満していたそうです。
日記028上等兵進級
昭和14年12月7日。上等兵に進級。昭和10年代より上等兵候補者のうち上等兵に進級できたのは6割から7割だったそうで、初年兵の憧れであり、目標の一つでもありました。さらに上等兵でありながら下士官の勤務をする「伍長勤務上等兵」というのがいて、それは中隊から3人程度しかなれなかったといいます。祖父は翌年、その伍長勤務上等兵となります。
日記029戦車学校入校者を見送り
昭和14年12月9日。戦車学校入校のものを見送り。苦楽を共にした同僚との別れは寂しいものです。
日記031金を盗まれた者あり
昭和14年12月14日。5人ばかりの者の金が盗まれる。軍隊内でも盗みを働く不埒者がいたんですね。
日記032班対抗綱引き
昭和14年12月16日。班対抗綱引き。綱引きで手が痛くなり、その後の予防注射で痛い思いをした1日と書いてます。それにしても連隊内でも綱引きしてたんですね。運動会みたい。
日記033上等兵進級記念写真
昭和14年12月17日。上等兵進級の記念写真を撮る。その時に撮影された1枚が現在手元にある祖父の軍隊時代のアルバムの中のいずれかの写真と思われます。
日記035江戸屋猫八の来演を見る。
昭和14年12月20日。江戸屋猫八の慰問の公演。江戸屋猫八は動物の声真似をする芸人で、恐らく2代目江戸屋猫八(木下華声)と思われます。人気の芸人だけあって観覧した祖父も「トニカク天下一品トデモ云カ、トニカク面白カッタ」と書いてます。
日記036
昭和14年12月22日。上等兵進級後はいよいよ週番下士官の学科も始まっていきます。毎日叱られてばかりとぼやいており、中々大変だったようですね。上等兵となると万年一等兵の古兵にはでかい顔は出来ませんでしたが、それでもさすがに初年兵の時のような理不尽な扱いは受けなかったはずですけど、一般の内務班と違い下士官候補者の教育隊には下がいませんから怒られるばかりだったようです。
日記037
昭和14年12月24日。或る者が憲兵に志願したらしく、本科(歩兵)にいて訓練をしているものがみだりに道を変えてはいけないと言われたようですが、12月9日の戦車学校入校に向かうものに関しては特に何も言われてなかったようですし、一般の兵からも「憲兵」はあまり印象が良くなかったんでしょうかね。
日記039
昭和14年12月28日。中隊の綱引き協議会。綱引き、結構頻繁に行われていたんですね。
日記040
昭和15年1月1日。祖父の軍人日記3冊目最後の記述。この後4冊目に移行し、祖父が下士官養成の学校「仙台陸軍教導学校」に入校する前日の7月13日の記述まで続きます。
4冊目の軍人日記は次回紹介します。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://besankosyashin.blog56.fc2.com/tb.php/1019-354bd478

<?php include_once("analyticstracking.php") ?>