ご訪問者数2000人越え。そして、この藁葺きの家は・・・?

昭和30年代の実家

いつの間にかカウンターが2000を越えておりました。
1000人達成からほぼ1ヶ月です。このようなブログに日々多くの方が御覧になっているかと思うと、
感激ひとしおです。今後ともよろしくおねがいします。
さて、今回の雑感ネタは上の写真。この古ぼけた家は昭和30年代頃の
私の実家の母屋の姿であります。
なんか、江戸時代の農家みたいですが、
戦前から昭和30年代くらいまでは、田舎にはまだまだこのような藁葺き屋根の家が
多く残っており、この写真も昭和30年代の撮影ですが、母屋自体は、戦前の姿のままです。
私の実家の母屋も上に建つお隣の母屋も建物こそ当時の建物ですが、
現在は屋根は瓦葺に変えていますね。
家の前には小川が流れており、祖母や父親の話によれば、メダカやフナやナマズなどがたくさん泳いでいたらしいのですが、昭和49年に行われた圃場整備で、小川や近くの川はコンクリート3面張りに作り変えられ、魚はいなくなってしまいました・・・。
圃場整備で農作業はやりやすくなったけど、その代わりに失ったものも大きかったかもしれません。
昔ながらの田舎の原風景は、この頃から徐々に変貌していったのかもしれません。
まぁ、実家周りはそれ以降大して変化していないので、里山の雰囲気とかはそのまま残っています。つまりは田舎っていうことですなw
そうそう、この写真の撮られた昭和30年代は牛を飼っていて、
牛に鋤を引かせて耕していたそうですよ。この時代まではどこの農家も牛を飼っていました。

いつも見慣れている実家の家。でも、この写真の撮られた時代の実家や村の風景は私の知らない時間軸の違う異世界の風景。なんだか不思議な気分ですよね。
スポンサーサイト

コメント

スゲー

べーさんの実家、歴史あんな~。スゲー。母屋が立派だわ。大切にしてくださいね~。遅ればせながら2000ヒット、メデタイ!!。

>>まこと氏
今日はまこと氏のコメントいっぱいだー。多謝!
家の人の話を聞くと、もともとどこかに建っていた地主の家を、大正3年に
1/3だけ移築したそうです。
ちなみに、蔵のほうがもう少し古そうです。

私たちは、どんどん古い物を壊し、西欧化してきました。古い時代の日本文化の良い面は引継ぎ次の世代に残していきたいですね。昭和博物館のご実家を大切に使用していっていただきたく思います。

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

<?php include_once("analyticstracking.php") ?>