古絵葉書 名古屋城天守

名古屋城天守

「尾張名古屋は城でもつ」の名古屋城の天守です。
現在の天守は戦後の鉄筋コンクリートによる復元ですが、
戦前までは慶長期400年余り前の天守がそびえていました。
皆さんもご存知の通り、名古屋城は昭和20年の名古屋空襲により
大天守・小天守・本丸御殿などを悉く焼失させたわけですが、
天守に関しては、窓を閉め切っておけば焼夷弾が屋根に落ちても
壁は漆喰の総塗込のためすぐには燃え移らず、屋根を焼夷弾が滑り落ちて
堀の下に落ちるだけだったといいます。
では、何故天守は焼失したのか。

それは、空襲に備えて金鯱を取り外し疎開させるため、天守に作業用の足場を組んでいたからなのです。本来なら屋根を滑り落ちるのみだったはずが、足場のために焼夷弾が引っかかったため、
天守が焼失したそうです。結局、天守もろとも金鯱も焼失しました。
なんとも皮肉な結果ですが、おかげで世界遺産クラスの文化財はあっという間に失われました。
奇跡的に残った姫路城は本当に運のいい城で、明治の廃城令を生き残った城も
空襲で焼けてしまったりしたのです。

現在、本丸御殿を木造で完全復元する計画がされています。
せめて後世に文化財として手厚く保護されるような復元を望みたいものです。

ちなみに現在の愛知県庁は戦前に建てられたビルですが、
近代的なビルの上にお城が乗っかるヘンなデザインをしています。
実は、それこそがかつての名古屋城天守を模したものなのです。
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コメント

それにしても皮肉なお話ですね。焼けた金のしゃちほこはどうなったんでしょうね。そういえば金のしゃちほこは、なんどか博覧会に出品されたということです。どこの博覧会かは忘れましたが。

焼けた鯱は塊の状態で発見され、
その一部を使い、ミニ金鯱と金の茶釜を造ったそうです。

残りの金は金塊になってしまったようですね。

文化遺産だね。

こういった貴重な文化遺産が失われてしまう戦争って、やっぱ酷いよね~。
完全復元の時は、こういった資料も役にたつんだろうね。

>>まこと氏
ですね。戦火で焼けてしまった文化財は多いです。せめて今の時代はちゃんと受け継いでいかないと・・・

戦災城郭

本当に惜しいものを戦争でなくしましたよね。いろいろ戦災でなくしたお城や櫓・門を調べました。

http://www.bukeyashiki.net/oshiro-sensai.html

Yoshiisaさん
いまさら悔やんでもしようがないのですが、名古屋城・岡山城・福山城などは本当に惜しいですね。残っていたら世界遺産になっていたかもしれません。とくに名古屋城は。

しかし、激しい空襲で街が焼け野原になりながら無傷で屹立していた姫路城や高知城などもあり、こればかりは運なのかなとも思います。

年表、拝見しました。わかりやすくまとめてらして大変に参考になります。保存させていただきました。

お城の古写真

少しだけ古写真を載せていきます。

基本的にはお城関係ですね。

お城と武家屋敷

お城と武家屋敷のHPアドレスを変えました。以前のHPアドレスは変なサイトに行くので、削除お願いします。

Yoshisaさま
ご連絡ありがとうございます。
さっそく拝見いたします。

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