古写真・砲艦(嵯峨?)

砲艦
大戦中の頃と思われる古い写真です。
個人撮影の写真のようで、説明・書き込み等一切ありません。写っているのは砲艦
以下、砲艦についての説明です。
砲艦とは、中国大陸など大河川で運用するために作られた吃水の浅い
1000トン以下の小型の艦艇で、元は欧米列強による中国への植民地政策により生まれたもので、
中国国内は、治安が絶えず不安定だったため自国民を守るため常に配備していた艦艇でした。
日本も、日中戦争開始から沿岸部の都市や河川の周辺地域の治安維持と護衛任務のため
派遣されていました。海軍所属の艦の中でも一番小型の艦であり、駆逐艦よりも小型の艦でしたが、駆逐艦は菊の御紋章は付けることが出来ないのに対して、砲艦は写真のように菊の御紋章を
付けており、立場としては砲艦のほうが上で、艦長も駆逐艦よりも階級の上の人が艦長を勤めていました。
当時、砲艦はほぼ中国大陸沿岸部で行動していましたので、この写真もそのあたりで撮られたものだと思われます。
写真の砲艦ですが、おそらく嵯峨ではなかろうかと思います。
ネットや書籍で色々調べた結果、艦の形がほぼ一致しましたので。
(砲艦は、他の艦艇と違い同型艦は少ないです)

砲艦嵯峨は明治45年に完成。中国の警備行動に参加し、上海事件以後は中国南部にて行動。
太平洋戦争開戦時には、香港攻略作戦に参加しました。
昭和19年、機雷に触れて沈没。引き上げ後修理中に敵機による爆撃で大破。
そのまま廃棄されました。

データ

基準排水量:785t
全長:64.01m
最大速力:15.0kt

武装

40口径12cm単装砲×2
40口径7.6cm単装砲×3
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コメント

へー、砲艦っていうんですか!駆逐艦に菊の御紋がつかないのというのも、へーです。今の巡視艇みたいなものかな。

旧海軍の規定では、菊の御紋のつく艦艇は
「軍艦」つかない艦艇は、
ただの「艦艇」扱いだったそうです.
砲艦は、そうですね。いわゆる海防艦に近い存在.沿岸警備用のフリゲートといったような感じでしょうか.

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