古写真・山内容堂娘 山内光子姫の写真(?) 

姫
以前「姫君の写真」として紹介していたものですが、
こう様のご指摘で、大名の写真が毛利元徳の写真と分かったことにより、
人物不明だったこの写真も改めて見直すことにしました。
台紙裏の文字を毛利元徳のときと同じ感じて読んでみますと、「土州光姫公」と
読めるのではないかと思います。
続きを読むに台紙裏の文字と解説を紹介しています。
姫裏
台紙裏の筆文字。
2文字目は毛利元徳の台紙裏の文字と同じで、「州」と読めます。
上の字は「土」と読めるように思えます。。土州とすると、土佐ということになります。
そこで、幕末期の土佐藩で、「光」が名前につく姫君を探してみますと、
山内容堂公の娘で、北白川宮能久親王の妃となった山内光子姫という人物が
いたことが分かりました。
ただ、検索して調べてもこの写真と確定できる写真を見つけることができませんでしたので、
あくまで推定ですが、可能性は高いかと思っております。
この写真も元徳公の写真と同じようにブロマイド的な感じで明治前期に
売られたもののような感じがしますので、
元ととなった写真があると思います。
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コメント

おひいさま

こんにちは、
初めましてSariと申します。

山内光子で検索して、こちらを拝見いたしました。

『ロングフェロー日本滞在記』という本を読んでおりましたら、
『土佐の御姫様(おひいさま)』という12~13才当時の鮮明な写真がありまして、きれいな方ですので成長した姿も見たいと思いました。
こちらの写真では、あいにく良くは分かりませんが、髪型、輪郭、眉の感じなどが同じような気がします。

大政奉還後(?)の江戸城の写真集のような本は、松戸の戸定邸で見たことがあります。
堅牢な建物も、意外と短期間で荒廃してしまうものだと思いました。

写真に残すのは大切なことですね。
お邪魔しました。

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両橋の情報ありがとうございました!
さっそく拝見します。
今後もよろしくお願いします。

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