古絵葉書・亀岡 大本教(旧丹波亀山城跡)

大本教1
京都府亀岡市には大本教という宗教団体の本部があります。
戦前から続く宗教団体で、過去2回ほど弾圧を受けましたが現在も続いています。
その亀岡市の大本教本部は元々丹波亀山城の跡地で、明治の廃城と
山陰本線の工事で城の建物はおろか、石垣まで破壊されました。
大正8年、教祖が城跡を購入。その後信者等によって下3段のみ残った
石垣をもとに石垣を修復。しかし、その後昭和10年に弾圧によって石垣は破壊され
その後再び修復されると言う状態になっており、丹波亀山城当時の遺構は
ほぼ皆無と言っていいかもしれません。この絵葉書は昭和10年の破壊以前のものと
推定されますので、多少は丹波亀山城時代の雰囲気は残っているかもしれません。
今回は、その丹波亀山城の城跡と言う点を中心に紹介していきます。
以下、他の写真と私なりの解釈と解説をしていきますので、
続きを読むからご覧下さい。
大本教1
まずトップの画像ですが、光照殿という建物。
大本教の主要施設が建ち並ぶ場所は本丸だった場所で、石垣も
本丸一帯のものを修復されました。石垣を見ていると明らかに
積みなおされたものだと分かりますが、土塀には狭間が切られ、門も長屋門風に
作られている点に注目してください。
塀は当然新しく作られたものでしょうが、
(城の塀としてはちょっと造りがおかしい)長屋門fもしかしたらオリジナル?
と思わせるような感じになってます。恐らく新築でしょうが、塀にわざわざ狭間を切り、
門も城門に良くある長屋門にしている点から、かなりかつてあった亀山城を意識した
造りにしています。
大本教2
伊都能売神像という注釈がある絵葉書。恐らく、石垣上の石像が該当の像だと思います。
石垣自体はこちらも新しいですね。しかし、道線のプランは当時のままではと思います。
曲輪への入り口をクランク状に造り、敵が直進してくるのを防ぐ造りを
「枡形虎口」と呼びますが、この通路もちゃんと枡形に作っています。
かつてはこの入り口に門が造られていたのでしょう。
大本教3
月照山の注釈のある場所。さすがにこれは面影ありませんね。
大本教4
神集殿。こちらも土塀や門が城郭風に作られています。
大本教5
月明館の一部との注釈。おそらくここも旧本丸だったと思われます。
石垣が積まれていますが、積み方が比較的新しい積み方(石をナナメに積んでいく「落し積み」という手法)なので、オリジナルの石垣ではないでしょう。
しかし、縄張り自体はオリジナルの状態を保っているのかもしれません。

この絵葉書でわかることは、かつてあった旧丹波亀山城の雰囲気に
少しでも近づけようとした姿勢がうかがい知れますね。
この団体の教義とかは良く知りませんが、過去存在した城郭に敬意を払い石垣だけでなく建物も城郭の雰囲気にあわせて作った姿勢は評価できます。それだけに破壊されてしまったのが残念でなりませんね。
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