古絵葉書・京都銀行

京都銀行
「京都銀行」と注釈のある絵葉書です。
京都銀行といえば、「なが~い、おつきあい」でお馴染みのあの京都銀行ですが、
現在の京都銀行は、戦後に府内のいくつかの地元銀行が
合併して出来た銀行で、戦前に「京都銀行」と名のつく銀行はなかったはずです。

しかし、この絵葉書は間違いなく戦前に作られたもの。建物のデザインからして
大正期のものと思われるこの建物。詳しいことをご存知の方いらっしゃいませんか?

*追記 建物の入り口に社名が書かれていますが、4文字のようです。
となりますと、そのまま「京都銀行」が正式名称となるわけで、ますます謎が深まります。
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コメント

なんとも不思議な写真ですね。
確かに戦前に京都銀行はなかったので、それ以前とすると、「京都」の名がつくのは京都大内銀行ぐらいしか思い当たりませんね。
もしかすると日本銀行京都出張所があの有名な店舗(現京都文化博物館)になる前に小さめの仮店舗で営業していたらしいので、それかもしれません。もしそうなら、かなり貴重な写真ですね。

銀行建築好き様
私も検索結果で京都大内銀行に当りましたが、文章のみでの情報でしたので分からずじまいでした。しかし一番可能性ありかもしれません。ただ、社名を略すことなどあるのかなというのが疑問です。絵葉書をよく見ると入り口に書かれている社名は4文字で略してはいないようですし。

日銀京都支店は明治37年ですので、絵葉書の感じから考えるに恐らく違うであろうと思われます

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推理

明治30年台京都には「京都商工銀行」と「京都府農工銀行」があったようです。金融史に(明治31年からは各府県に 農工銀行 が設立された)とあり、
先の写真には明治31年竣工とありますから京都府農工銀行の可能性が強いようです。写真に燈篭が写っていますから、烏丸通りにある神社、天満宮か護王神社の側でしょうか、烏丸通りは大正1年に拡幅されましたから、どこかに新築されたのがこの写真かもしれませんね。

京都人様
これは!大変ありがとうございます。
絵葉書の建物とはまた別のようですが、本当にあったんですね。
貴重な情報、大変感謝です。

京都銀行

平成4年発行の「京都銀行五十年史」からの 引用となります。
前史 第2章 第一節 普通銀行の発展と京都の銀行 になります 32項に 表前Ⅱ-1-1 京都銀行集会所加盟銀行預金残高(明治31年10月末現在)と 表題された 表が 掲載されており 其の中に 「京都銀行」の名前が見られます。ただし※印にて欄外注釈があり現在の京都銀行とは無関係となっております。

あんちん様
情報ありがとうございます。
今となっては忘れられたもうひとつの京都銀行が戦前にあったのは間違いないみたいですね。
他に資料がないか探したいところですね。この絵葉書もおそらくセットだった可能性ありますし。

戦前の京都銀行

ベーさん、はじめまして「グズグズ」と申します。「他に資料はないか」と言う事で解決済みの話ですが、コメントさせていただきます。富士銀行のウィキぺディヤに、記述がございました。沿革の「大正12年に11行が合併して(株)安田銀行と商号変更」と言う欄に現在の京都銀行と無関係と注釈のある京都銀行の名前がありました。

みつけました

みつけました。
京都銀行 1894年に開業するも7年後の1901年の恐慌により経営は悪化し、安田の手により救済された。現存する同名の銀行とは無関係である。店舗は京都府、福井県に6店舗を有していた。営業店としては現在のみずほ銀行京都支店。

皆さまありがとうございます。
不明だった当銀行の姿がだいぶ明らかになってきました。

京都人様

明治34年には吸収されたということでしょうか。
現在のみずほ銀行京都支店の前身の第一銀行京都支店が辰野金吾によって建てられたのが確か明治37年でしたから。

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