番外編・明治37年大阪朝日新聞記事の潜水艦・駆逐艦

潜水水雷艇
今回はちょっと趣向を変え、私が所有する明治37年の
大阪朝日新聞の記事に紹介された潜水水雷艇と駆逐艦の記事のイラストを紹介。
上のイラストは、「佛式潜水水雷艇」の図解です。
要するに当時の潜水艦なんですが、2人乗りのこの潜水艇はかなり小さいですね。
しかも、背中合わせというのが面白い。
向かって左にスクリューがありますから、艦首は右になります。
左側に「水雷」の文字があります。現在の潜水艦のように魚雷を発射するのではなく、
機雷のような水雷を敵艦の底にこっそり設置する仕組みだったんでしょうか。
駆逐艦
同じく明治37年の大阪朝日新聞に紹介された駆逐艦の図解。
(クリックで大きくなります。)
艦首付近に水雷庫があります。図を見た限り魚雷のようですが、
当時は一括して水雷と呼んでたんですね。
まぁ、当然のことながら機関など詳しくは書かれていませんが、
それでも、大戦中にはありえない艦内の解説図を新聞に載せている辺り、
日露戦争中とはいえ、まだ多少はおおらかだったのでしょうか。

おまけ。
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連合艦隊の艦船に便乗した薬の広告。
薬の名前の書かれた軍艦が病名の書かれた敵艦や敵軍の領地の山を
効能の砲撃で撃滅するといった内容。
いつの時代もしたたかな人はいるものです。

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