古絵葉書・関西電気倶楽部

関西電気倶楽部1
関西電気倶楽部とは、東京中心の日本電気教会に反発した
関西支部が分離し、大正3年に設立した倶楽部です。
翌年、関西電気倶楽部は中央電気倶楽部へと名称変更しますので、
この建物は倶楽部の設立当初の初代倶楽部ビルと思われます。
このビルは昭和初期の段階で失われていますが、
3代目として建てられた昭和5年築の旧本館が現存しており、
会議室やレストランとして使用されています。

この絵葉書は元は袋入りのセットだったものと思われますが、
購入時はバラの状態で7枚入手しましたので、他にもあったかもしれません。

残りの6枚は続きを読むから御覧下さい。
関西電気倶楽部2
食堂。左の暖炉は部屋のインテリアとして作られたものでしょう。
椅子とかテーブルはシンプルですね。
関西電気倶楽部3
会議室。内装も椅子も極シンプル。逆に味気ない気もします。
大正期のオフィスビルでこまでシンプルなのは逆に珍しいかも。
関西電気倶楽部4
二階広間。こちらは倶楽部建築らしくしゃれた内装になってますね。
階段の手すりとかアールデコっぽく見えますが如何でしょう。
関西電気倶楽部5
三階広間。こちらは二階広間と違いまったくシンプル。
唯一インテリアとしての暖炉があるくらいでしょうか。
内装だけでなく、調度品や床のカーペット等も二階広間に比べてややショボイ。
利用者によって使わせる部屋を分けていたのでしょうか。
関西電気倶楽部6
玉突場。つまりはビリヤード場なのですが、こちらも内装は質素ですね。
ビリヤード台の豪華さと比べるとあまりにあっさり・・・
関西電気倶楽部7
第一談話室。倶楽部員がくつろぐ部屋。
こちらもシンプル。暖炉はありますけれど。

このほかにも貴賓室とか応接室とかを写した絵葉書もあったかと思われます。
それらの部屋がどんな感じだったのか気になりますね。
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コメント

これまた貴重な写真ですね

 ここまで(中央)電気倶楽部の内外の様子を写した資料は無かったと思います。いつもながら、貴重な資料群を収集・公開されているべーさんに敬意を表します。

 この建物は大阪府立図書館なども手がけた野口孫市博士の作品です。
 シンプルな内部の印象は、グラスコースタイルのアールヌーボーでデザインしていることと、撮影位置の関係もあると思います。
 ビリヤード室は、絵葉書のショットを写している写真師の立っている後ろ側の方が素晴らしいです。もろ、マッキントッシュばりのスタイルでデザインされています。

フランキー中尾様
また解説していただきありがとうございます。
この記事を書くにあたって、ネットで何度も検索を試みたのですが、内部はおろか外観の写真も見つけられず、結局、文章のみの説明がされているサイトが1つ見つかったのみでしたので、それで何とか判明した状態でした。

設計者が野口孫市とは知りませんでした。内装はアングルによっては装飾的だったかもしれないんですね。
そちらのほうを見てみたいきもします。

別記事を探していて発見しました。
写真は2代目の電気倶楽部ではないでしょうか。絵葉書には関西電気倶楽部とあるものの説明と写真が違う場合がよくあるので断言できませんが、初代が大正三年竣工。失火で再建された2代目が大正5年、大正4年野口氏は亡くなられているので、初代をそのまま再建されている可能性があります。初代は1階の壁が少し粗目の擬石で2階の窓の持ち送りが深く、屋根の庇も深いようです。隣家が町家から擬洋風になっているので2代目と思われます。1枚目右端は供待(お付の待合)その隣のアーチになっている部分が正面玄関左端は資材搬入口です。2代目だとすると施工は清水組大阪(清水建設大阪支店)1階は従業員バックヤードのみで食堂、バー、ビリヤード室はメイン談話室、応接室は2F。 写真の談話室と会議室は3Fですのでシンプルになっています。ほかの会員制倶楽部と違い実務主体で技術発表などの実務が3F、交流スペースが2Fになっています。再建直後で内装がシンプルになっている可能性もありますね。実際2階広間横のビリヤード室の照明器具が写真ではシンプルになってます

ぽり様

詳細な情報ありがとうございます!
2代目ですか。この絵葉書は骨董市の絵葉書の山から手に入れたものなので他に情報が無くわずかなネットでの情報から書いた記事です。ありがとうございました。

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