古絵葉書・大阪城跡絵葉書(9枚セット)

大坂城跡袋
現在大阪城公園として市民に親しまれている大阪城跡は
かつては第四師団司令部などが駐屯する陸軍の用地でした。
この大阪城は、第四師団司令部だけでなく城内全域が陸軍の施設だらけだった
一方で、史跡という性格からかほかの陸軍用地と違い一般にも開放されていました。
こういった絵葉書セットがお土産として第四師団の売店で売られていたのもそういった理由です。
今でも見ることのできる大阪城ですが、それでも空襲とかで焼失した建物も多く、
戦前の絵葉書は今では見ることのできない当時の大阪城の様子を知ることができます。
この絵葉書は9枚セットになっております。中身の絵葉書は続きを読むからご覧ください。
大阪城跡大手前広場
大阪城の大手前広場。手前の千貫櫓や大手門は現存しています。
右手後方に見える兵舎は歩兵第八連隊の兵舎。
大手前広場の手前左に建つ煉瓦造の洋館が気になるところですが、
どういう建物かこの絵葉書ではわかりません。
中央やや右の櫓は現存の六番櫓。その右側の寄せ棟の洋館群は
大阪陸軍刑務所で、現在は煉瓦の門柱と塀が残っています。
大手門の向こう側には櫓の屋根がいくつか見えます。
空襲で焼失するまでは今より多くの櫓が立ち並んでいました。
大阪城跡二ノ丸
大阪城の二ノ丸の一部。
手前の乾櫓は現存。奥の未申櫓は昭和20年8月14日の空襲で焼失しました。
大阪城跡京橋口門
大阪城の搦手にあたる京橋口門。虎口の三方を多聞櫓で固めた
守りの堅い門でしたが、これも昭和20年8月14日の空襲で焼失しました。
大阪城跡多聞櫓
現存している二ノ丸大手の渡櫓門です。
絵葉書を見ると、結構一般人も見学に来ているようで、広く開放されていたようです。
門の向こう側に陸軍の施設らしき煉瓦の洋館が少し見えます。
大阪城跡桜門
本丸正門の桜門。現存している門です。ただし、門自体は明治の建築です。
こちらも一般の見学者が多く見られます。軍人さんも写ってますね。
大坂城跡振袖石
桜門の虎口にある巨石が振袖石です。横13.5m縦4.2m重量約120トンの巨石です。
現在の大阪城は天下普請で築城された城で、それぞれ各藩の持ち場がありました。
こういった巨石は各藩の権力を見せつけるシンボル的なものだったのかも知れません。
大阪城跡天守台
徳川大坂城の天守は江戸前期の寛文5年に落雷で焼失してからは
再建されることなくずっと天守台のままでした。
現在建っている天守は昭和6年に鉄筋コンクリートで再建された天守です。
この絵葉書はその再建される前のものです。
大阪城跡紀州御殿
大阪城本丸にはかつて和歌山城二の丸御殿の一部が移築された紀州御殿がありました。
昭和6年に天守のそばに近代的な第四師団司令部の庁舎が建てられるまでは
この紀州御殿が司令部庁舎だったようです。
この紀州御殿は昭和20年の空襲にも焼失することなく戦後も現存していましたが、
残念なことに昭和22年接収していた米軍の失火により焼失してしまいました。
現存数が少ない城郭の御殿建築だっただけに、その焼失は惜しまれるものがあります。
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