古写真・昭和40年代ごろの北丹鉄道写真

北丹鉄道1214
かつて、福知山市と大江町との間に小さな鉄道が走っていました。
その鉄道の名は「北丹鉄道」といい、大正12年に開業。
当初の予定では宮津までつなげる計画でしたが、資金難から大江町で止まったままになりました。
路線のルートは資金の都合により由良川沿いを走るコースに。
もともと経営状態は良くありませんでしたが、
昭和28年の由良川の水害により路線が大打撃を受けた上に
昭和44年お得意先だった大江山鉱山の閉山による貨物輸送収入を失い、
さらにマイカーの増加に伴い経営が成り立たなくなり、
昭和46年に運行を休止し解散しました。
上の写真は北丹鉄道の本社があった福知山西駅で、現在は公園となっています。
北丹鉄道2215
北丹鉄道で使用されていた客車ハ12(手前)とハニ11(奥)
ハ12の後ろにはディーゼル機関車DB2がいます。
福知山西駅の構内の写真と思われます。
客車の屋根が不自然な形になってますが、これは北丹鉄道のあまりの経営難により、
客車の屋根がまともに直せず、キャンパスで覆う応急処置で運行されました。
末期の北丹鉄道の荒れ様はすさまじく、客車は老朽化し走れば車体が大きくきしみ、
路線自体も線路はバラストがほとんどなくなり、枕木は腐り線路には廃線かと思うくらいに
雑草が茂り、線路も鉄橋も車体も傷みが激しいので、25キロ程度の低速でしか
走ることができませんでした。
北丹鉄道4217
昭和46年事実上の廃線である運行休止となり、最後にお別れ運行がなされました。
これはその時の写真です。写っている車両はキハ101。
北丹鉄道3216
上の写真の反対側から撮影したもの。同じキハ101でしょう。

廃線後、これらの車両は福知山西駅跡に放置され、いつのまにか撤去されました。
現在、北丹鉄道の遺構はごく僅かになってしまいましたが、
それでもいくつかの鉄橋やトンネルが当時のまま残されています。

参考・旧北丹鉄道日藤トンネル(まちかどの西洋館)
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