古絵葉書・福知山停車場

福知山停車場
福知山に駅が開業したのは明治37年。舞鶴と大阪を結ぶ阪鶴鉄道の駅舎として作られました。
その後国有化され、山陰本線の駅舎となったあとは、北近畿の交通の要となり、
福知山機関区も置かれ、「鉄道の町 福知山」として発展していきました。
この絵葉書は大正期のもので、駅舎はまだ木造平屋ですが、当時の駅としては
比較的規模の大きいものだったのではないでしょうか。

右手側の建物が駅舎。中央奥には跨線橋が見えます。
この跨線橋、明治41年完成のもので、現在は八鹿駅に移築され現役で使用されています。
※参照・八鹿駅の跨線橋
左手奥には煉瓦造の機関庫。福知山機関区の機関庫は昭和期に扇型機関庫が造られてますので、
その時にこの煉瓦造の機関庫は取り壊されたものと思われます。

現在福知山駅は高架化による駅舎改築と周辺の再整備で、近年まで残っていた扇型車庫や開業当時のホーム、
戦前からの諸施設は失われましたが、転車台と輸入の古レールを使用したホーム上屋は
駅構内に保存されています。
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コメント

まちかどの西洋館からきました

管理人様、はじめまして。まろたろうといいます。

夜中のネット徘徊中に、たまたま遊廓跡地を巡っておりましたら、こちらにたどり着いた者です。
私は福知山に近いところに住んでおりますが、今日初めて猪崎新地という存在を知りました(≧▼≦)

今もその名残を持ったまま存在していることが何故かとても嬉しく感じました。一度この目で見てみようと思います(*^_^*)

それに!福知山城近くの洋館にそのような事件があったことも知らず…。
ですが、あの洋館は幼い頃から見る度に想像を掻き立てられる存在でした。

あの一帯(塀の中)が全てお屋敷やったんですね。

周辺(交差点の反対側)の家も昔から変わらず、3階建て、二宮金次郎の銅像が残ってたと思うのですが…。
それでも、道路の整備等もあり、あの周辺の3階建て家屋も少なくなって寂しい気もします。

これからも素敵な写真を残して下さい。
お邪魔致しました(´∀`)

まろたろう様

コメントありがとうございます。
そして、返事が遅くなり申し訳ありません。
猪崎の新地は戦前まで遊郭街としてかなり賑わっていたようで、住宅地となった現在も当時の雰囲気が残されています。

松村邸は地方都市における財界人の近代住宅建築群として貴重な存在ですが、このような状態になっているのが非常に残念です。

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