古写真・佐渡鉱山 機械工場(明治後期頃?)

佐渡鉱山 機械工場
江戸時代初期に金鉱脈が発見されて以来、幕府の重要な財源となった佐渡金山は、
明治に入ると新政府の官営鉱山となりました。
明治29年に三菱に払い下げられて以来は三菱系の管理となりましたが、
平成元年に採掘が休止されてからは観光地として公開されています。
佐渡鉱山は明治初期より官営によって近代的な設備や整備が行われたため、
多くの貴重な近代化遺産が残されています。

この木造の建物は「機械工場」の建物で、工場内で使用されている
機械を修理する為の施設です。
現在も機械工場の建物は残されていますが、現在のものは昭和15年の建物で、
この古写真の機械工場はそれよりも古い明治期の建物のようです。
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