古絵葉書・天田郡医師会館落成記念

天田郡医師会館1
天田郡医師会は現在の福知山医師会の前身で、明治33年に設立しました。
戦後の昭和22年に福知山医師会と改称。現在に至ります。
この天田郡医師会館は、天田郡医師会の会館として昭和3年に福知山市内記町に建てられたもので、
落成記念絵葉書の袋にも「昭和3・7・1」の記念印が押されています。
天田郡医師会館は昭和44年まで現存していたようです。

絵葉書は2枚。袋には3枚1組とあるので、残念ながら1枚足りませんが、
幸い外観の絵葉書はあるので、当時の建物の様子を伺い知る事が出来ます。

天田郡医師会館2
「天田郡医師会館前景」
建物は塔屋を持つ2階建ての洒落た洋館です。
玄関ポーチはアーチで、緩やかなカーブを持たせた階段を造り、
屋根の高さも変えて、建物に変化を持たせています。
天田郡医師会館3
「天田郡医師会館階下会議室」
内部はかなりシンプルです。
この他にも応接室など複数の部屋があり、その絵葉書もあったかもしれません。

ところで現在、市役所の近くに「旧福知山医師会館」の建物か残されています。
旧福知山医師会館
これが現存する旧福知山医師会館の建物です。伯耆丸公園の丘の麓にあります。
絵葉書と比べても分かる通り全く違う建物ですが、戦前の建物であることはこの建物の様式から分かります。
恐らく、戦後に福知山医師会と改称したときに新たに福知山医師会館として使用し始めたと思われますが、
となると、前身がなんの建物だったのかが気になります。

それに関して、一つのヒントが残されています。
福知山衛戍病院遺構
上の建物の後ろに付属する平屋の古い建物。その通風口に。
福知山衛戍病院遺構通風口
陸軍の☆マークの通風口が残されています。

かつてこの伯耆丸一帯は陸軍衛戍病院でした。
戦後、衛戍病院は国立病院へと移管しますが、(現在の福知山市民病院)昭和40年代くらいまでは、衛戍病院時代の
敷地にあり、当時の建物も使用していたようです。
現在残る旧福知山医師会館の建物は連続する3棟とも戦前の古い建物で、うち2棟は明治期特有のレンガ積みの基礎となっております。

福知山市医師会によればこの建物に移転前は京都府税務事務所で、さらに府税務事務所は陸軍衛戍病院の
建物を流用しているそうです。

後ろ2棟と前面の建物と様式が違うことから、煉瓦基礎の後ろ2棟が元衛戍病院の建物。
一番手前の建物は、府税務事務所として使用される際に新たに建てたものではないかと思われます。

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コメント

大変参考になりました

以前福知山へ行きました際、たまたまこの建物の前を通り、映画のロケにでも使えそうな建物だなあ・・・と感じておりました。詳細なご解説、大変参考になりました。ありがとうございました

MT様

当ブログへお越しいただきありがとうございます。
旧福知山医師会館の建物はかなり前から気になってたものですが、よく調べようとさらに古そうな付属屋を調べているときに星マークの通風孔を見つけて旧衛戍病院の遺構ではと確信しました。
その後調べても全く情報が無かったため、福知山医師会館に直接問い合わせて建物の経緯が判明いたしました。

ちなみにこの建物の裏手にも旧衛戍病院の建物と思われる古い木造建築が2棟残されています。
  • [2014/05/17 07:21]
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  • べーさん@京都
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