古写真・木浦理事庁

明治初期の街並み1
コメント欄でのご指摘により、朝鮮半島の木浦だと分かりました。
明治初期の街並み2
写真中央奥に建つ洋館群のアップ。
この煉瓦造の洋館は木浦理事庁の庁舎です。
木浦理事庁の庁舎は明治33年に建てられ、現存しているようです。
明治初期の街並み3
写真は明治33年以降の明治期の古写真であることが分かりました。
教えていただいた方々、ありがとうございました。
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コメント

御船山ではないでしょうか

いつも楽しく拝見しております。
福岡県在住の藤田と申します。
この山容は、佐賀県武雄市にある御船山に酷似しています。

補足致します。
現在、これらの建物の位置にあるのが、御船山楽園という旧鍋島家の庭園を発展させた施設だと思います。ホームページも開設されていますので、是非ご確認ください。

藤田様

コメントありがとうございます。
こちらも検証して見ました。

山の形は似ていますが、麓にある洋館や街並みで合致する写真が見受けられず確定に至りませんでした。

確定できる決定的な写真が他にあれば良いのですが・・・

左の蝦夷駒ケ岳にも似た山容と、右側の峰と併せて「山」型といわれる御船山の形だと思うのですが・・・たしかに、このような洋館がかつて存在したのであれば(柳川の「御花」のように華族となった藩主の別荘であったかも知れず)武雄の市史に残っていてもおかしくはないのに、どうもそれらしき記述は見受けられないようですし・・。
九州に住んでおりますので、確認できる機会をさがしてみます。

いつも楽しくブログを拝見しています。これからもよろしくお願いいたします。

藤田様

記事で書いておりますとおり、
これらの洋館は私邸や民間のものというより、公的機関の施設のような気もします。
確定できる写真資料が他にあればいいんですが。

いつもご覧頂いてありがとうございます。更新頻度は遅めで不定期ですが、今後も続けていきますので、よろしくお願いいたします。

本件、(財)武雄市観光協会に問い合わせておりましたが、この度ご返事をいただきました。
同協会では、わざわざ歴史的な知識のある年配の方にも聞いていただいたようですが、御船山の麓に写真のような建物があった事実はないそうです。また、山の形も御船山とは異なっているように思えるとのことでした。
こうなりますと、ますます謎が深まり、興趣が湧いてまいりますね。
以上、取り急ぎご報告申し上げます。

たまたまブログを拝見した者です。朝鮮半島の木浦です。

そうなんですか。ご指摘ありがとうございます。ちょっと調べてみます。

木浦理事庁

ベーさんお節介なコメント失礼します。勝手ながら「名無しさん」のご指摘で自分なりに調べて見ました。二枚目の拡大写真の建物は「木浦理事庁」と言う建物のようです。ネットで調べると一枚だけ写真を見る事ができますがほぼ同じ建物に見えます。
「戦前の木浦写真集」の「01」番の木浦理事庁と若松理事官」という写真です。

グズグズ様。

私も調べてみましたが、やはり木浦理事庁で間違いないようです。
早速訂正しておきます。ありがとうございます。

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