古絵葉書・保津川鉄橋

保津川鉄橋1
現在、トロッコ列車の路線になっている嵯峨野線(山陰本線)の旧路線に架かる大きなトラス橋があります。
明治32年に完成した保津川橋梁で、当時、東洋一と呼ばれていました。
しかし、大正11年の脱線事故で鉄橋が破損。(嵯峨野線の前身である京都鉄道の創始者、田中源太郎も死亡)
修理されたのち昭和3年に新たに架けられました。
それが現在の保津川橋梁です。
初代の保津川橋梁は同年に名古屋市に移設され、向野跨線橋として現在も使われています。

保津川橋梁の橋台は煉瓦造りですが、アーチや隅石などの装飾を設けるなど、意匠的にも凝っています。

保津川鉄橋2
別のアングルからの撮影。
2枚とも明治末から大正期の頃と思われます。
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