古絵葉書・舞鶴海軍工廠 舞鶴海軍海友社

舞鶴海軍工廠1
※舞鶴海軍海友社については、こちらの記事を参照してください。

舞鶴海軍工廠は明治34年に開設した日本で4番目の海軍工廠で、日本海側随一の海軍工廠でした。
大正12年ワシントン海軍軍縮条約に伴い、舞鶴鎮守府が舞鶴要港部に格下げになったのと同じく、
舞鶴海軍工廠も舞鶴海軍工作部へと格下げになりましたが、昭和11年に再び海軍工廠へと復帰しました。
この絵葉書は復帰後のものと思われます。
舞鶴海軍工廠は駆逐艦建造を主とし、各駆逐艦の1番艦は必ず舞鶴海軍工廠にて建造されました。
昭和20年7月29日に空襲の被害を受けましたが、その時に落とされた爆弾は模擬原爆であったと言われています。

戦後は民間に払い下げられ、飯野重工業・日立造船舞鶴工場と変わり、
現在はユニバーサル造船舞鶴事業所として海上自衛隊の艦船の建造や修復を手がけています。
舞鶴海軍工廠2
ユニバーサル造船舞鶴工場内には、今でも旧海軍工廠時代の煉瓦建築や石造りのドックが存在し、
貴重な近代化遺産群として知られています。また、海軍工廠の本館の建物も保存されています。
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