古写真・昭和三年大礼特別観艦式記念写真

昭和3年観艦式001
観艦式は海軍の艦艇を洋上に並べて艦隊行動や模擬演習などを行う軍事パレードで、
日本では明治元年3月26日に大阪天保山沖で行われたのが最初であり、
明治期に6回・大正期に6回・昭和戦前期に6回行われており、
旧海軍の観艦式としては昭和15年の紀元二千六百年特別観艦式が最後となりました。
戦後の海上自衛隊発足後も昭和32年に最初の観艦式が行われて以後昭和48年までは毎年、
一旦途絶えた後、昭和56年からは3年ごとに現在まで行われています。

この古写真は昭和3年に昭和天皇即位を記念して横浜沖で行われた観艦式の様子を撮影した記念写真です。
外袋の内側に「非売品」の文字があり、関係者のみに配られたか、もしくは観艦式を見学した人への
記念品として配られたものかと思われます。

写真は3枚となっております。
昭和3年観艦式002
お召艦 榛名
大正4年に川崎造船所で竣工した金剛型戦艦の3番艦で、戦艦でありながら30ktあまりの速力を出す
高速戦艦として太平洋戦争でも活躍した艦です。
金剛をはじめ他の姉妹艦が戦没する中、榛名は最後まで奮戦し昭和20年7月28日の呉軍港空襲で
大破着底し終戦を迎えました。
この榛名の写真の撮影は11月24日。
昭和3年観艦式003
観艦式式場のタイトルのある写真。撮影は観艦式当日の2日前です。
手前の戦艦は長門。奥に姉妹艦の陸奥が見えます。さらに奥には扶桑型戦艦の艦橋が確認できます。
昭和12年の大改装まで装備されていたS字煙突はまさに長門・陸奥の最大の特徴でした。
手前の戦艦はS字煙突側面にある蒸気管の形状が湾曲しています。
湾曲した蒸気管は長門・まっすぐなのは陸奥とのことなので、手前が長門。奥が陸奥であると分かります。
戦艦長門と陸奥は当時最強と謳われたビッグ7のうちの2つとして、また長門は長らく連合艦隊旗艦を務めたことから
「長門と陸奥は日本の誇り」と国民に親しまれ続けました。(大和型戦艦は軍極秘扱いだったため。)
陸奥は昭和18年6月8日に広島湾の柱島泊地にて爆発事故を起こし沈没しましたが、
長門は戦艦の中で唯一航行可能状態で行き残り、昭和21年アメリカによる水爆実験(クロスロード作戦)で
生涯を終えました。
昭和3年観艦式004
上と同じく観艦式式場のタイトルの付いた写真。
手前の戦艦は煙突の蒸気管の形状と信号桁の形状から陸奥。
その奥にも戦艦群が並び、さらに左後方に駆逐艦や巡洋艦が並びます。
左上には水上機が飛んでいます。

昭和3年の観艦式では、戦艦は金剛・比叡・榛名・長門・陸奥・扶桑・山城・日向。
航空母艦では赤城と加賀が参加し、以下重巡・軽巡・駆逐艦・潜水艦・その他艦艇及び外国の艦艇を含めて
総数186隻という錚々たるものでした。
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