古絵葉書・信濃丸

信濃丸001
信濃丸は明治33年に竣工した日本郵船の貨客船で、明治36年までシアトル航路の任務に就きました。
明治37年日露戦争が開戦すると、まずは陸軍に徴用され翌年に改めて海軍が徴用、
仮装巡洋艦として改装され、対馬海峡の哨戒任務にあたりました。
明治38年5月27日、五島列島付近の海域を哨戒中に対馬海峡を目指すロシアのバルチック艦隊を発見。
かの有名な「敵艦見ユ」の信号を発し連合艦隊に知らせました。
日露戦争後、再びシアトル航路に復帰し、大正12年には日本郵船の近海航路部門から独立した
近海郵船の所属となりました。さらに昭和4年には北進汽船へ昭和5年には日魯漁業(現・ニチロ)
昭和5年には太平洋漁業へと売却されサケマス漁の業務に就きました。
戦時中は輸送船として徴用され、水木しげる氏も乗船したようですが、当時すでにかなりの老朽化が進んでいたようです。
しかし、信濃丸は戦没することなく終戦を迎え昭和26年に解体されたので、日露戦争と太平洋戦争の2つの戦争を
生きのびた強運の船ということになります。
この信濃丸の絵葉書には近海郵船株式会社の文字がありますので、大正12年から昭和4年の間のものと分かります。
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