古絵葉書・舞鶴 北吸桟橋(昭和30年代 護衛艦しい 警備艇いそぎく)

昭和30年代舞鶴北吸桟橋002
昭和30年代の東舞鶴 北吸桟橋の様子を撮影した絵葉書です。
北吸桟橋は元海軍の桟橋で、戦後に海上自衛隊が舞鶴に置かれた際に再び海上自衛隊の桟橋として
そのまま再利用されました。
終戦からまだ10年程度しかたっていないため、旧海軍時代の面影がよく残されています。
桟橋中央に停泊しているのは護衛艦「しい」。元々アメリカ海軍の哨戒フリゲート「ロングビーチ」で、
戦中の1943年9月に就役、主に大戦末期ニューギニア近海で活動しました。
1945年7月に退役後、ソ連に貸与されましたが再び返還され、昭和28年11月横須賀にて海上自衛隊に貸与。
護衛艦「しい」として就役しました。
昭和35年12月1日。舞鶴に司令部を置く第3護衛隊群が編成され、護衛艦「しい」も編成に入りました。
当時第3護衛隊群には9隻の護衛艦が所属していましたが、旧日本海軍の駆逐艦「梨」を改修した
護衛艦「わかば」以外は全てアメリカ海軍からの貸与艦でした。
※参照・第3護衛隊群50周年史
しいの後方には小型の艦艇が7隻並び、うち1隻には「16」の艦番号がついています。
これは、ゆり型警備艇の16番艦「いそぎく」で、大戦中にアメリカ海軍で使用された上陸支援艇でした。
ゆり型は全てアメリカ海軍からの貸与された上陸支援艇で、「いそぎく」も昭和28年に貸与された艦艇でした。
舞鶴地方隊には他にも数隻のゆり型警備艇が配備され、絵葉書に写る警備艇はそれらの艦艇のようです。
奥にも護衛艦らしき艦が停泊し修理を受けています。停泊している場所はかつての舞鶴海軍工廠で、
現在もジャパンマリンユナイテッド舞鶴事業所として旧海軍工廠時代の施設が利用され、
護衛艦の定期修理を行っています。絵葉書では奥に旧海軍工廠時代の煉瓦建築が確認できます。
現在北吸桟橋は旧海軍時代の桟橋の横に新たな桟橋が設けられ、衛所の部分には売店ができ、
右端の木造の建物の場所には第3護衛隊群司令部の建物がたてられたりと絵葉書が撮影された50年前から
施設等が変わりましたが、北吸桟橋の雰囲気は当時と同じですね。
現在北吸桟橋にはイージス艦のみょうこう・あたご、新鋭艦のふゆづき、大型補給艦のましゅう、
そして来年3月には大型艦のひゅうがが配備される予定になっており、この絵葉書の頃から比べると
かなり充実した艦隊を誇っています。

※データ
護衛艦しい(旧アメリカ海軍哨戒フリゲート・ロングビーチ) 
基準排水量:1430トン 全長:92.6m
兵装:3インチ50口径対空砲3門・ 40mm機関砲4門・ 20mm機関砲9門
・ ヘッジホッグ 1基・ 対潜爆雷投射機(Y砲)8基・ 爆雷投下軌条2条

警備艇いそぎく(旧アメリカ海軍上陸支援艇)
基準排水量:254トン 全長:48.3m
兵装:50口径3インチ単装緩射砲1基・40ミリ連装機銃2基・20ミリ単装機銃4基
・12.7mm単装機銃4基・Mk.7 114mmロケット5連装発射機2基
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