建築写真類聚 住宅の外観・巻1

建築写真類聚住宅の外観表紙001
「建築写真類聚 住宅の外観 巻1」大正4年11月10日刊  建築写真類聚刊行会編 洪洋社出版

建築写真類聚は、建築写真類聚刊行会が大正4年から昭和18年まで編纂し洪洋社が出版した建築写真集で、
各種建物の外観や内部の室内や調度品など細かくテーマ別に分けて出版されています。
これは、最初期の大正4年に刊行された住宅の外観の第1巻で、当時建てられた国内の洋風住宅の外観と
海外の住宅、そして外観イラストなど50点が収録されています。
建築写真類聚は冊子ではなくそれぞれ1枚ずつのバラで収められています。
建築写真類聚住宅の外観裏表紙002
表紙は50枚のパラページを収める外箱を兼ねていて、裏側には奥書などが書かれています。
この冊子は第2回刊行分であると書かれています。
サイズは漫画の単行本とほぼ同じB6サイズ程度で、そこまで大きなものでは無いですね。

収録されている住宅は当時の政財界のトップや建築家の邸宅が中心となっています。
全50枚のうち個人名のある25枚のみ以下に紹介します。
「続きを読む」からご覧ください。
建築写真類聚住宅の外観001
1・牧野元次郎氏邸 其一
牧野元次郎は不動貯金銀行(現・りそな銀行)創業者。定期貯金を確立し「貯金王」と呼ばれた。
建築写真類聚住宅の外観002
2・牧野元次郎氏邸 其二
上と同じ牧野氏の邸宅の別アングル。上の写真では写っていない塔屋がありますね。
建築写真類聚住宅の外観003
3・矢部又吉氏邸
矢部又吉は明治末期から昭和初期まで活躍した建築家。
主に川崎銀行の建築を手掛け、現在もいくつか作品が現存しています。
この自邸は自身の設計かと思われます。
建築写真類聚住宅の外観004
4・深田氏邸
深田銀行の創業者の深田米次郎氏の邸宅と思われます。
建築写真類聚住宅の外観005
5・森井氏邸
実業家の邸宅と思われますが詳細不明。
建築写真類聚住宅の外観006
6・広田理太郎氏邸
広田理太郎は工学者であり実業家。高田商会時代には、ロシアに対抗するため最新兵器を買い付け、
陸軍に次々と納入しました。
広田邸はデ・ラランデが設計し、地下にはボーリング場やビリヤード場もあったそうです。
建築写真類聚住宅の外観007
7・新田猛雄氏邸
調べましたが不明でした。
建築写真類聚住宅の外観008
8・浅野総一郎氏別邸
浅野総一郎は浅野財閥の創始者で、浅野セメントをはじめ多くの会社を設立・経営し
「セメント王」と呼ばれた実業家。
さすが財閥の創始者だけあり別邸でこの規模の洋館とはさすがです。
デザインは洋館ですが、玄関上部に唐破風のデザインがあるのは、自邸の紫雲閣を意識しているのでしょうか。
建築写真類聚住宅の外観009
9・岩井勝次郎氏邸
岩井勝次郎は岩井商店の創業者で岩井財閥の創始者。現在の京都府南丹市美山町生まれ。
まるで西欧の城郭のような石張りの重厚な洋館ですが、奥の塔屋は中国風というかアジア風なのが面白いです。
建築写真類聚住宅の外観010
10・高田釜吉氏邸
高田釜吉は高田商会2代目社長。
ダッチ・ゲイブルを持つ洋館で、ファザードの大きな窓が目を引きますね。
建築写真類聚住宅の外観011
11・川崎肇氏邸
川崎肇は東京川崎財閥の川崎一族の一人で、帝国火災や川崎信託銀行の社長を務めた人物。
まるで西欧のお城のような瀟洒な洋館ですね。
付属しているとんがり屋根の塔屋がメルヘンで可愛らしく、収録されている住宅の中でも一番好きな建物です。
手前の建物は門衛所と思われます。
建築写真類聚住宅の外観012
12・星野中将邸
陸軍中将・星野庄三郎の邸宅。日露戦争時は満州軍総司令部参謀を務め、その後陸軍大学校校長や第9師団長を務めました。ちなみに弟の星野利元氏も陸軍中将になっています。
建築写真類聚住宅の外観013
13・藤倉吾一氏邸
調べましたが詳細不明。かなりの規模の邸宅なので名のある実業家と思われますが。
石張りの1階に比べて2階は装飾が無くあっさりしています。
建築写真類聚住宅の外観014
14・久米民之輔氏邸
民之輔となってますが、実業家で政治家だった久米民之助でしょうか。
久米民之助は皇居二重橋を設計した人物で、その他にも山陽本線や山陰本線等の鉄道工事事業を多く手掛けたり、
衆議院議員として政治活動をしたりと多岐にわたる活躍をしました。
建築写真類聚住宅の外観015
15・男爵 吉川重吉氏邸
吉川重吉は岩国藩主の子孫で貴族議院議員や外務官僚を務めた人物です。
建築写真類聚住宅の外観016
16・林伯爵邸
伯爵 林博太郎の邸宅。祖父は明治新政府で腕をふるった林友幸で、父の後を継いで伯爵になった人物です。
貴族議院議員を務め、文学博士でもありました。
建築写真類聚住宅の外観017
17・葛西萬司氏邸
葛西萬司は建築家で、明治の建築家の重鎮の辰野金吾と辰野葛西建築事務所を経営していたことで知られています。
現存する代表作としては東京駅や旧盛岡銀行本店などがあります。
建築写真類聚住宅の外観018
18・妻木頼黄氏邸
妻木頼黄は辰野金吾と並ぶ明治を代表する建築家で、大蔵省に在籍し、数多くの官庁建築や銀行建築を手がけました。
建築写真類聚住宅の外観019
19・コンドル氏邸
イギリス人のお雇い建築家、ジョサイア・コンドルの自邸です。
ジョサイア・コンドルは明治期の日本において鹿鳴館や海軍省など数多くの西洋建築を手掛け、
また、工部大学校の教授として辰野金吾や片山東熊、先に紹介した妻木頼黄など
明治の建築界を代表する日本人建築家を育成しました。
現存する建築としてはニコライ堂・旧岩崎邸・三井倶楽部・旧島津邸・旧古河邸・旧諸戸邸などがあります。
建築写真類聚住宅の外観020
20・河野正義氏邸
河野正義は衆議院議員を務めた人物です。
建築写真類聚住宅の外観021
21・河野正義氏邸
上と同じ邸宅の別アングル。
立ちの高い洋館に日本建築の母屋が併設する建物です。
建築写真類聚住宅の外観022
22・シュラム氏邸
調べましたが詳細不明。
建築写真類聚住宅の外観023
23・藤倉氏貸家 一号館
13番の藤倉五郎氏の貸家でしょうか。
アメリカ風の中々立派な貸家ですね。
建築写真類聚住宅の外観024
24・藤倉氏貸家 四号館
同じ藤倉氏の貸家です。
貸家なので小規模とはいえ、中々しゃれた建物です。
建築写真類聚住宅の外観025
25・ルール氏邸
こちらも詳細不明。装飾に飛んだ賑やかな建物ですね。

これ以降はアメリカなどの海外の建物や個人名のない日本の郊外の建物などが続きます。
明治大正期の建物は当時の政財界が金をかけ、建築家や職人が腕によりをかけて作り上げた
質の高い建築が多く作られました。
スポンサーサイト

コメント

22番 シュラム邸、25番ルール邸は デラランデの設計で横浜にありました。
25番ルール氏については、現存する日本最古の外資系企業であるイリス商会 現イリス(機械商社)の横濱支配人だった人物でイリス商会の社屋もデラランデによる設計で建築されました。(社屋事態は関東大震災で全焼)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://besankosyashin.blog56.fc2.com/tb.php/679-be7a501c

<?php include_once("analyticstracking.php") ?>