古絵葉書・舞鶴線全通記念 福知山式場(旧福知山南口駅か)

舞鶴線全通記念福知山会場001
京都~園部間の鉄道敷設を行っていた京都鉄道株式会社は、さらに舞鶴・宮津までの路線を計画していましたが、
舞鶴の鎮守府開庁と日露戦争により建設が急がされることになり政府が
福知山駅 ~ 綾部駅~- 新舞鶴駅の区間を開業。
さらに、綾部駅~梅迫駅~舞鶴駅(現・西舞鶴駅)~新舞鶴駅(現・東舞鶴駅)を開業させ、阪鶴鉄道に貸与されました。
明治40年に京都鉄道と阪鶴鉄道が国有化。京都と舞鶴をつなぐ路線で未完成だった園部~綾部間の路線工事は
国が行うことになりました。そして、明治43年工事が完成。京都~舞鶴間の鉄道路線は全通しました。
この絵葉書は明治43年8月25日に開催された舞鶴線全通開業を祝う博覧会の福知山会場の様子を写した絵葉書です。
絵葉書に写る建物は駅舎のように見えますが。
初代 福知山駅001
以前紹介した福知山駅の初代駅舎の絵葉書と比べると煙突の形や屋根の形が異なっており、
明治43年の方がより洋風に見えます。
さらに奥に写る福知山衛戍病院のある伯耆丸台地との位置関係が現在の福知山駅との関係と比べると
明らかにアングルがおかしいことから、明治37年に現在の福知山駅の位置に設立した初代福知山駅のさらに前身の
現在の福知山市内田町にあったと言われる福知山南口駅(後に福知駅に改称)の可能性があります。
無題
初代福知山駅から同じ位置の現福知山駅から伯耆丸台地を望んだ方向と福知山南口駅があったと言われる
内田町から伯耆丸台地を望んだ位置です。
だいたいの位置になりますが、福知山駅からのアングルだと駅舎は線路の左側に位置します。
絵葉書では線路の右側に駅舎が位置しています。
現時点では確定となる資料が見つからないためこの絵葉書に写る建物が福知山南口駅の駅舎だと
確定することはできませんが、初代福知山駅とは違う建物、ホーム側には明らかに支柱と思われる
三又柱があること、ホームらしき石垣があり、横に線路があることからまちがいなく駅舎と思われ、
初代福知山駅の前身の福知山南口駅の可能性は十分にあると思います。
もしこの建物が福知山南口駅舎であれば、あまり知られていない資料として貴重だと思われます。
舞鶴線全通記念福知山会場002
会場の様子。駅舎の中でしょうか。
万国旗が飾られ、地元の名士らしき人や軍人さんなどが写っています。

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