古絵葉書・(大東京)終日雑踏の須田町交差点

萬世橋駅

いわゆる萬世橋駅前の写真です。中央から左に伸びている建物が
その萬世橋駅です。車が走り、市電も行きかうにぎやかな様子が
うかがえます。
駅前にひときわ大きくそびえる銅像は、広瀬武夫中佐の像
知っている方は知っているでしょうが、日露戦争当時、第2次旅順港閉塞作戦に参加した
海軍将校で、港をふさぐための船に爆薬を仕掛けて撤退する際に、
部下の杉野兵曹長がいないことに気づき、船を三度捜し撤退中に敵弾を受け戦死した方です。
広瀬中佐の死後、中佐は軍神として崇められ、歌も作られました。
像は広瀬中佐の死後立てられたものですが、戦後、GHQにより、撤去されました。

今回この記事を書いたのは、今日が広瀬中佐の戦死した日だそうで、
実は、その広瀬中佐が戦死したときの記事が載る当時の新聞を所有しており、せっかくの機会ですから紹介しようと思い立ったわけです。

これが、大阪朝日新聞に掲載された広瀬中佐の肖像画と記事です。
記事はクリックしてご覧下さい。

広瀬中佐肖像

広瀬中佐戦死記事






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コメント

須田町界隈は戦災に奇跡的にあわなかったそうです。なんけんか古い木造の建物がのこってますね。神保町の帰りによく歩きます。

左側にアーチ状の建造物が見えますが、あれ、今でも残っている煉瓦アーチで、交通博物館になっているやつですね。もう移転したかもしれませんけど。

そういわれればそうですね!

古絵葉書・(大東京)終日雑踏の須田町交差点

テレビの制作をしてます、マイプラン竹内と申します。
旧万世橋駅の写真を使用させて頂きたいと思いメール致します。
何卒宜しくお願い致します。
当番組の企画内容はメールにてお送りしたいと思っております。
良いお返事お待ちしております。

竹内様

メールの方送信させていただきましたのでご確認ください。

赤煉瓦の万世橋駅ではなく木造の仮駅舎は初めて見ました。

新聞記事をみて気付いたんですが「魚雷」って「魚型水雷」の略称だったのですね。

古い資料は面白いです。

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