古絵葉書・戦艦加賀進水記念絵葉書

戦艦加賀進水記念絵葉書001
加賀は長門型戦艦の改良強化型として神戸の川崎造船所で建造された加賀型戦艦の1番艦で、
大正10年11月17日に天皇名代の伏見宮博恭王殿下御臨席のもと、10万人の観衆に見守られて進水しました。
日本海軍の誇りとされ国民から絶大な人気のあった戦艦長門・陸奥のさらなる強化型の戦艦として加賀は
かなりの期待を込められていたことが分かります。
しかし、建造途中に締結されたワシントン海軍軍縮条約により建造中止となり廃艦が決定。
標的艦として使用された後に解体の予定が建てられましたが、関東大震災によって空母改装予定だった戦艦天城の廃棄が決定したため、加賀が空母に改装されることが決定しました。
空母に改装された加賀は機動部隊の第一航空戦隊の一員として日中戦争から太平洋戦争開戦の真珠湾攻撃にも参加しましたが、昭和17年6月5日のミッドウェー海戦にて一航戦の僚艦である赤城、そして二航戦の蒼龍・飛龍とともに戦没しました。
この絵葉書は加賀の進水式を記念して発行された絵葉書セットで3枚のセットとなっており、
3枚ともエンボス加工された豪華な作りとなっております。

以下、絵葉書の紹介は続きを読むからご覧ください。
戦艦加賀進水記念絵葉書002
1枚目。加賀の建造の様子を写したもの。
背景イラストの黒百合と立山らしき雪山は佐々成政の黒百合伝説にちなんだものでしょうか。
戦艦加賀進水記念絵葉書003
加賀の進水式を撮影したもの。完成した船体を船台から滑らせている様子のようです。
背景イラストのお城は加賀百万石の居城、金沢城ですね。
戦艦加賀進水記念絵葉書004
戦艦加賀の写真。
といっても、長門型戦艦の写真を加工して作ったコラ画像で、戦艦加賀の想像写真です。
当時は長門型を超える日本海軍を象徴する戦艦として期待され頑張ってこの完成予想写真を作ったのでしょうが、
結果は戦艦になることは無く、空母に生まれ変わりました。
しかし、その後の戦術の変化を考えたら、加賀は空母に生まれ変わって良かったのかもしれません。
日本海軍の新たな戦艦は大和の誕生まで待つこととなります。
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コメント

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Re: タイトルなし

K様
当ブログにお越しいただきありがとうございます。
当方も稚拙な知識しか持ち合わせていないため調べながらの記事作成がいつものことなのですが、
それでも多少なりともお役にたてたことを嬉しく思います。
またよろしくお願いします。
  • [2015/12/19 20:15]
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  • べーさん@京都
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